世の中で「カッコいい」とされているものって実は、「イタさ・ダサさ・恥ずかしさ」と紙一重というか表裏一体ですよね、というお話です。


 

 「かっこよさ」と「ダサさ」は紙一重


●元ツイート

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●リツイート
これコピーライターに限った話じゃなく、全クリエイターに言えることだと思う。音楽やストーリーを作る人なんか特に。

世の中で「かっこいい」とされているものって、大体がその根幹にあるのは「痛さ・ダサさ・恥ずかしさ」と紙一重で、その先にあるものというか、それを突き抜けたものだと思う。


まず、元ツイートを要約すると、「アイデアを出すときに【恥ずかしい】なんて口にするな」ということだった。

何故なら、人の頭の中にあるアイデアの源泉は、所詮は「夢見がな恥ずかしいもの」だ。

しかし、革新的なアイデアや、不可能を可能にすることというものは、往々にしてそうした突飛なアイデアから生まれるものでもあると。

引用リツイートで、「大体がその根幹にあるのは「痛さ・ダサさ・恥ずかしさ」と紙一重で、その先にあるものというか、それを突き抜けたものだと思う」と書いたのは、正にライムスター宇多丸とCrreepy Nutsのポッドキャストで正にそんな話をしていたのを聞いたから。

バンドマンでもラッパーでもダンサーでもなんでも、何かを「表現」するという行為自体が、ツイートにも書いたようにある種の「イタさ・ダサさ・恥ずかしさ」を伴うものでもあると。

けど、自分はこれが最高にかっこいいと思いながら、笑われてもそれを貫き通して形にし、それがある種の到達点に達した時に初めて「かっこいい」という風に見えるものなんでしょうね。

造形の美しさ等で、最初から完成されたかっこよさもあるのかもしれないけど、多くのかっこよさ(=美しさ)って、その時代の価値観によって変容するものでもありますしね。