表題のとおりです。ご査収ください。


 テンプレート化された挨拶に意味はない


声優さんのラジオ聞いててつくづく思うんだけど、リスナーからのメールの「●●さんこんばんわ」っていう定型文要らないし、パーソナリティーがそれにいちいち返す必要もないと思うんだわ

ぼくみたいにリアタイではない人もかなり多いだろうから時間帯挨拶自体に対して意味はないと思うし、何より→
パーソナリティーが音読してる時「●●さんこんばんわこんばんわ」ってなるのが聞いててめっちゃ違和感(これが原因で水瀬いのり聞くの辞めた)

何ていうか「テンプレート化(作業化)」してしまってるならやる意味ないよねって話

そういう意味で「はがきの宛先」を省略した田村ゆかり氏流石だと思う
午後4:00 · 2021年6月3日

これ。

特にこの「●●さんこんばんわこんばんわ」ってなる部分が本当に気持ち悪い。

で、これって1回気になりだしちゃうと止まらなくなるので、極力聞き流すようにはしているんだけど、「水瀬いのりさん」のラジオに関してはどうしてもそれが無理で、ついには聞くのを辞めてしまった。

ツイートにも書いたけど、昔と違ってラジオって、声優さんの場合特に圧倒的に収録が多いのだから、読んでる声優さんからしてみたら「こんばんわ」とは限らないんですよね。

それに今はradikoで聞いている人も多いから、リスナー側ですら必ずしも皆が皆オンタイムで聴いているわけでもないので、正直、時間帯別の挨拶にそこまで意味はないと思うんですよね。

百歩譲って挨拶を書いてきたりそれをパーソナリティーが読むにしても、その場で返す必要は絶対にないと思うんですよ。テンポ崩れるし。

なので、「まずは1回、メールを読むことに集中してくれ。1回最後まで読み切ってくれ」と思うんですよね。

 日本人は必要以上に挨拶しすぎ


この問題(リスナーメールの冒頭の挨拶テンプレート)からぼくが感じることって、やはり日本人は必要以上に挨拶しすぎだよなあというところだ。

よく「挨拶できないやつは何やらせてもダメ」とか、「他が良くても挨拶できないやつはそれだけでダメ」とか言うことがあるじゃないですか。

確かに、人と人とが関わり合うビジネスの場において、上下関係がある場合や、取引先等社外の人間と関わる上で「礼儀を重んじなければならない局面」においては、やはり挨拶は重要だということはわかるし、最低限の礼儀として必要なのは無論理解している。

けど、何でもかんでもバカの一つ覚えみたいに挨拶しまくってりゃいいってもんでもないと言うか、ツイートにも書いたけど「テンプレート化(作業化)した挨拶」なんて、まじで何の意味もないと思うんですよ。

する方も返す方も作業化しているようでは、そのやり取りは最早「茶番じゃん」って話じゃないですか。ならばそれって、もう形骸化してしまっているってことでもあると思うんですよね。

だったらそれを作業としてやる必要なくないですかね。だって、もう意味がなくなってしまっているんだから。

要は、このブログでも度々書いてますけど、日本人ってこうした慣習化されたものを思考停止して続ける悪癖があるじゃないですか。それが良くないしぼくがそうしたムダを嫌う理由の1つなんですよね。

挨拶が礼儀・礼節を重んじる行為なのであれば、それって一番テンプレート化しちゃダメな行為じゃないですか。

挨拶の意味や意義・目的というものが「常に謙虚さや、感謝・尊敬の念を維持し続け初心を忘れないため」と言うところにあるのならば、それは各々が意識的に持つべきものであって、ビジネスマナーにおけるレクチャーの「正解」ではない。

感情や礼儀やスピリチュアルなものに対して「絶対的な正解」なんてものはないのだから、その場の状況に応じて適宜使い分けていくことが「最適解」だ。

思考停止した行動や言動に意味なんて無い。