先日、インドカレー屋でランチしてた時に、すぐ近くに座っていた男子高校生とその父親と思しき人の会話が聞こえてきた。

男子高校生:
「「やりたいこと」って「見つけに行く」もの? それとも「見つかる」ものなん?」

親父:
「見つかるものです」(即レス)

これについて、マナブさんも同じテーマでツイートをしていたので、それをつまみ食いしたいと思います。


not SEARCH be FOUND

 「やりたいことが見つからない」理由


よくある悩みで「やりたいことが見つかりません…」と悩む人が多い。
そういった人は、たぶん「自分で動いていない人」かなと思う。なんとなく周りに流されつつ、生きてる。言うまでもなくですが、それじゃあ興味関心は見つかりません。手当り次第でもいいので、自分で何かを始めることが、第一歩

ほんこれ。

更に言うなら、「自分が今置かれている環境や状況のありがたさ(何不自由なく暮らしていける状況)が、どれだけありがたいかということを全くわかっていない」ということでもあると思う。

その上でマナブさんも言うように、「自発的・積極的に行動を起こしたことがない人」だったり、「自分で何かをハンドリングしたことがない」と言う人なんだと思う。

何もかも揃っていて、お膳立てされているのが当たり前の状況下で、義務教育として自分の意志と関係なく学校に通わされ、その中でガチガチに管理されて思考力を奪われながら年令を重ねていくのだから、むしろやりたいことが生まれるほうが稀なんじゃないかという気さえしてくる。

 じゃあやりたいことが見つからない人は
 どうすればいい?


冒頭の親子の会話で息子は、「やりたいことは見つけに行くべきものなのか、見つかるものなのか」という問いをし、父は「見つかるものだ」と答えていた。

これはそのとおりで間違いないでしょう。まあ、中には能動的に見つけにいって見つかっちゃうパターンもあると思うが、それは本当に稀で、運がいいとしか言いようがない。

或いはその手の人はやりたいことが途中でコロコロ変わるタイプの人だったりもするので、会う度に違うことをやっている場合もある。

だが、大半の人は人生において「特に当たり障りもない無難なコース」を歩んできているから、「人生の中で劇的な何かとの出会得る確率」が低いのだと思う。

けど、それに対し無理にやりたいことを見つけていく必要なんてのはない。ならばどうするか。答えは簡単。自分が「得意なこと・苦にならないこと」をやっていけばいい。


無理にやりたいことを探しに行くと「対して興味もないこと」や「別にやりたくもないこと」に無理やり興味を持たなくてはいけなくなる。そうするとまったく長続きはしない。

これは先日紹介した、メンタリストDaiGoさんの動画でも同様のことが言われていますよね。

※関連過去ログ

https://blogrider.tokyo/archives/27521325.html

それどころか、自分が苦労してたどり着いた先のものだけに、簡単に手放してはいけないような気にすらなっちゃって、かえって苦しくなることすらある。

けど、とりあえず「自分の得意なこと」や「苦にならないこと」を仕事にしていくと、さしてストレスは感じなくなる。

そして、そこで物足りなさを感じ始めたり不満が出るようになったら、それはもう「あなたの中でやりたいことが芽生え始めている瞬間」ではないかと思う。

そうなった時に初めて「やりたいことにチャレンジする」でもいいと思う。脱サラして全く別の業種で成功を収めている人って、案外そういう人が多いと思う。