book_tsubuse_man

有名なアフィリエイター「クロネコさん」のこのツイートで、「読書」というものについて改めて考えたので、今回はそのことについて書きます。

というか、以前も同様のことを書いている気がするけども。



 重要なのは「何をどれくらい読んだか」ではなく
 それを「どう読んで、何を得たか・学んだか」

クロネコ屋@ブログ×SNSマーケティング
@NINJAkusokuso

「ビジネス書を読んでも意味ないよ」という人がいるけれど、あれは真っ赤な嘘。

たしかに毒にも薬にもならない自己啓発本も多いが、ビジネス書を読んで視野を広げれば、それだけ打ち手が増えるから。

語彙力がないと小説が書けないのと一緒です。考え方のバリエーションは、社会で立派な武器となる。


ほんこれ。

ぼくの読書について「昨年は10冊くらいしか読めなかったという不甲斐ない結果に終わった」ということについては、既に年末に書いた日記で書いたとおりだ。

けど読書って、無論たくさん読んだほうがいいのはいいんだけど、それよりも重要なのは「何をどれくらい読んだか」より、それを「どう読んで、何を得たか・学んだか」ということだと常々思ってる。

まず、「読書の目的」っていうのを考えた時に「情報収集・知識の獲得」を目的としてしまうと、ぼくはかえって効率が悪いと思っている。

何故ならば、インターネットが存在しているこのご時世なんだから、専門性の高い分野についてのより深い知識や、体系的に学びたいという事でもない限り、単に知識を得るだけなら、普通にネット検索したり、YouTubeで動画を探すほうが合理的だからだ。

情報収集や知識の獲得における「本」のメリットとは、辞典的に情報が網羅されている場合だけだと思う。

では、読書の本当の意味やメリットは何かというと、ぼくは「思考力の鍛錬のため」だと思っている。

 読書は「思考の筋トレ」であるということ


読む本は何でもいい。たとえそれがラノベであったとしても。


まず、活字のみの情報を読み進めていくということ自体が、既に脳の筋トレ的な側面がある。

何故ならば、文字情報からその内容や状況を読み解いて、頭の中で映像化(具現化・明確化)していくからだ。もうこの時点で割と頭を使っている。

なので、小説(ラノベも含む)であっても、単純に読解力の向上にもなるし、何よりボキャブラリーが圧倒的に増える。


ビジネス書や自己啓発系について


では、ビジネス書や自己啓発書についてはどうかと言うと、これについては、ぼくは「ただ読むだけでは意味がない」と思っている。

活字を追っていくだけなら前項でも示したように、読解により頭の中で具現化・明確化と言う作業があるので、その時点で多少なりとも頭は使う。

だが、ビジネス書や自己啓発系については、そこに書かれている情報そのものに対して価値が求められたりもするし、何より「書き手の人間の思考を読んでいく作業」だ。

つまり、読むだけではなく「その内容に対し、自分はどう考えるのか」という「自分の思考」を経て、それをアウトプットと言う形で実行に移さなければ意味がない。

要は「理解」で完結ではなく、その先の「考察」や「実践」があって初めて意味を成すものであるということだ。

だから、以前もその手の本のレビューのときに書いたけど、ビジネス書とか自己啓発系って、大体どの本も同じようなことしか書いてないから、それを何冊も読んだところで意味がない。

と言うよりも、毎回書かれている内容に感銘を受けてやった気になるだけでしかないから、自己啓発系なんかは特に2~3冊、多くても10冊程度読めば十分だったりする。

読みながら自分の思考を挟んでいれば、10冊も読まなくても2~3冊程度で十分理解できるのであとは実践に移せばいい。

ビジネス系の本にしても同様で、「考えながら読む」ということをしないと、どんな名著であっても意味がない。

 まとめ


中途半端に意識高い系の人は「ビジネス書や自己啓発本を読んでも意味がない」と言ってマウントを取りたがるけど、先述の通り、読んだ本が意味のあるものになるかどうかは「読んだ後の思考と行動次第」だと言うことだ。

なので、それを言うならば、「ビジネス書や自己啓発本は読んだだけでは意味がない」と言う言い方をするのが正しい。

また、ぼくの考えとしては、先述の通り、たとえラノベであったとしても、「活字のみの本を読むことそれ自体が有意義」と考えるので、読んでも意味がない本なんて存在しないと、本気で思っている。

読んだ本から何かを学ぶことができれば、それだけでその本にはそれだけの価値はあったということなのだから。

故に、どんな本も、能動的に頭を使いながら「思考を用いて」読んでいけば、「思考力の筋トレ」になるので、必然的に地頭も良くなっていくと思う。

そういう意味では、数年前より、格段にぼくの頭は良くなったと思う。ま、もちろんまだまだだけども。