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【洋画:コメディ】ねずみ捕りの男(吹替:2023 / NF) ⇒ いまいち

ねずみ捕りの男

ねずみ捕りの男(吹替:2023 / Netflix)
製作年・国 2023年・アメリカ
製作総指揮・監督・脚本・音楽 監督・脚本・制作:ウェス・アンダーソン
製作:スティーブン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン
原作:ロアルド・ダール
キャスト レイフ・ファインズ
リチャード・アイオアディ
ルパート・フレンドル
時間 17分
ジャンル コメディ / シュール / 小説原作

評価

いまいち

あらすじ

ねずみ捕りを生業とする男が「どうやってねずみを捕獲するか」を滔々と語る話

感想

ロアルド・ダール原作・ウェス・アンダーソン監督のショート映画4部作のうちの1つだが、これの前に見た「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」の方は「なんてことない話を面白く見せる演出」が結構凝っていて面白かった。

が、本作については前作のような凝った演出はなく、基本的にはねずみ捕りの男とねずみ駆除を依頼した男の会話のみで、合間合間に「地の文」を喋る男が入ってくるだけ。

しかも、途中「殺鼠剤」の話になった際、何故かそれだけ「物」を出さずにエアーと言うか「マイムで表現」しだしたり、でもネズミそのものの模型的なものは出したり、かと思えばねずみ捕りの男自身が「ねずみになりきって」演じだしたりと、表現がブレブレ。

もちろんこれらは「シュール&ナンセンス」の表現の一環として「敢えて」やってるんだろうことは想像に難くない。

だが、「シュール&ナンセンス」でいくにしても、「カット割りがあったり・なかったり」、「物があったり・なかったり」で表現がブレると、それこそ「シュール&ナンセンスの方向性や軸自体がブレ」ているように見えてしまい、見てる側はただむず痒い思いをするだけだと思う。

これなら最初から漫才コントみたいに「一切物は使わず全てマイムだけで表現する」とかした方が良かったのでは?と気になり、結局話が入ってきにくかった。

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