脳窓全開ブログ

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    タグ:第二次バンドブーム

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    X - VANISHING VISION(1st ALBUM)
    1988年4月14日リリース
    • YOSHIKIが立ち上げたインディーズレーベル「エクスタシー・レコード」よりリリース。
    • 型番は「EXL-001」 ※当初はアナログ盤でのリリースのため型番の「L」は恐らく「LP」の意味と思われる。
    • HIDE(hide)加入後、初のアルバムだがこのアルバムで腱鞘炎になる。
    • 初動1万枚という、当時のインディーズとしてはありえないくらいのヒット。
    • 後に5000枚限定で「ピクチャーディスク(盤面が画像になっている)」がリリースされ、1990年頃のレートですら「¥50000」程度のプレミアになった。

    ●収録曲

     1. DEAR LOSER
     2. VANISHING LOVE
     3. PHANTOM OF GUILT
     4. SADISTIC DESIRE
     5. GIVE ME THE PLEASURE
     6. I`LL KILL YOU
     7. ALIVE
     8. KURENAI
     9. UN-FINISHED

    31年前の今日リリース。
    中学1年生の頃に初めて聞いた時は、言葉を失うほどの衝撃だった。

    あまりにも過激で衝撃的すぎたからか、中1当時、友達の家でこのアルバムを流しながら必死にレコメンドしていたら、「M2. VANISHING LOVE」のギターソロに差し掛かる前の段階で「あ、ちょっと、もうそろそろ親が帰ってくるから、止めるね」と言われたのは、今となってはいい思い出。

    そう。この当時は、「ロック=不良」というイメージが、まだほんの少し残っていた時代でもあったのだ。

    そんな中で、そうした既成概念や形骸化された価値観等、すべてを打ち砕きその破片をも吹き飛ばすかのような、そんな火力と破壊力と殺傷力の強いアルバムを、彼らは20代前半の頃、インディーズで既に作っていた。

    リリースされた1988年は、おりしも「第二次バンドブーム」の真っ只中で、そうしたムーブメントの後押しもあって、当時のインディーズシーンでの売上としては異例となる「初動で1万枚」という記録も打ち立てた。

    間違いなく日本の音楽シーンに一石を投じ、メジャーシーンに対する宣戦布告として、アルバムジャケットのように、「X」の文字を深々と切り刻んだアルバムだと思う。

    例によって「続きを読む」以降で、全曲解説をします。

    【【×年前の今日】1988年4月14日:X - VANISHING VISION(1st ALBUM)】の続きを読む ■EDIT

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    浪漫飛行(10th SINGLE)
    1990年4月8日リリース

    ・作詞 / 作曲:米米CLUB、編曲:中崎英也 & 米米CLUB
    ・「東日本版」と「西日本版」が存在し、それぞれでカップリング曲が異なる。

    29年前の今日リリース。

    この曲で彼らを知ったという人も多かったと思うが、今となっては、既に知らない世代も多いことでしょう。

    しかし、この曲以前の彼らについては非常にサブカル色が強く、ジャケットの左から2番目の兜みたいなものを被っている人は「ジェームズ小野田」さんといい、元からこんな感じで、楽曲も非常にふざけた感じのコミックソングが多かった。

    その様相は、ともすれば「アングラ劇団系」的でもあり、例えば「電気グルーヴ」の前身バンド「人生」にも通ずるものがある。

    このことから米米CLUBはデビュー当初、「爆風スランプ」「聖飢魔II」と並ぶ「ソニー三大色物バンド」などと呼ばれていたりもした。

    それが、この曲辺りから徐々に「正統派J-POP」の道を歩むようになり、92年には当時の月9ドラマ「素顔のままで」の主題歌として、「君がいるだけで」がタイアップとして起用され、自身最大のヒットを出している。

    話を浪漫飛行に戻すと、元々この曲はシングルリリースの3年ほど前、1987年の3rd ALBUMに既に収録されていたらしく、当時から「航空会社のタイアップを狙って」作られた曲らしい。

    ともあれ、当時はまだ「第二次バンドブーム」の頃だったと思うし、CDがいよいよ本格的に普及して、J-POP自体が活性化してきてリリースが増えてきたこともあるので、そうした世間の盛り上がりや波にうまく乗った感のある楽曲だと思う。

    ぼくは別に米米CLUBは好きではないけど、この曲だけは知ってるし、何ならたまにカラオケでも歌うくらいだ。歌いやすいんですよね、この曲。

    【【×年前の今日】1990年4月8日:米米CLUB - 浪漫飛行(10th SINGLE)】の続きを読む ■EDIT




    クソ面白かった。

    特に、まえがきでのこの一文で爆笑した。

    「闇」だったり「絶望」だったり「破滅」だったり「堕落」だったり「破壊」だったりと、まさにネガティヴィティーの大博覧会状態。しかしそんな「ダメであること」を、恐ろしいまでのパワーと情熱でもって緻密に表現する姿勢はどう見てもポジティヴなのだから、可笑しいじゃないか。このギャップは、凄い。

    これこれwめっちゃ笑ったwホントその通り過ぎてw

    構成としては、ヴィジュアル系を知る4人のミュージシャンとの対談形式をとっており、それぞれ微妙に世代が異なるところから、「ヴィジュアル系(V系)の起原~第二次ヴィジュアル系バンドブームの終焉まで」を語っている。

    因みに本書に登場する4人のミュージシャンは、下記の通り。

     1. 大槻ケンヂ(筋肉少女帯、特撮) 
     2. YOSHIKI(X JAPAN)
     3. SUGIZO(LUNA SEA)
     4. キリト(PIERROT)

    更に最後には、市川哲史と同時期、ヴィジュアル系黎明期からビジュアル系を書いてきた「大島暁美」さんとの対談もあり、これもまた非常に面白かった。 【私が「ヴィジュアル系」だった頃。 - 市川哲史】の続きを読む ■EDIT

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    LINDBERG - 今すぐKiss Me(2nd SINGLE)
    1990年2月7日リリース

    29年前の昨日リリース。

    おそらくこの頃って、所謂「第二次バンドブーム」が少し落ち着いてきたと言うか、終わりに差し掛かってきた頃だと思う。

    ジャンル的には「PRINCESS PRINCESS」、バンド形態的には「女性ヴォーカル+男性バンド」という点で「PERSONZ」と被ってたりで、時代の流れ的に言うと、完全に二番煎じ感が強いとさえ言える。

    でもブームが完全に終わっていたわけではなく、同系統のバンドなんか当時星の数ほどいたんだろうけど、それこそこの系統については「PRINCESS PRINCESS」の独壇場だったので、当時のLINDBERGは「その他大勢」の中の一つに過ぎなかったと思う。

    ※実際、この曲は2nd SINGLEだが、アルバムは既に2枚リリースしていて、その2枚はセールス的には全く大したことはなかった。

    だが、音楽マーケット的に不利な状況であったものの、「時代」が彼女たちの後押しをしたとも言える。それが、所謂「トレンディドラマブーム」である。

    正に「第二次バンドブーム」と同時期にこの「トレンディドラマブーム」が始まって、そのタイアップに乗れたことで一気に知名度を上げたのは言うまでもないと思う。

    所謂「無名のアーティストとドラマ・CMのタイアップ」という手法によって売り出していく方法論は、正にこのLINDBERGあたりが先駆的なのではないかと思う。実際、この当時完全に無名でしたからね。

    なので、言っちゃ悪いが、これがなかったらこのまま無名で終わっていた可能性は全然あったと思う。

    とは言え、肝心のバンドサウンド自体はどうなのかと言うと、ぼくは決して悪くないと思う。というか、全員普通にうまいと思う。このあたりについては、後のJUDY AND MARYに似ている。

    というか、過去に取り上げたことのあるこの時代の別のバンドで「レプリカ」というバンドがいたんだけど、そのバンドも似たような感じ。ヴォーカルも含め全員が非常に高い演奏技術と、ソングライティングセンスを持っていた。

    ※関連過去ログ
     REPLICA - SO MANY TIMES

    だけど、LINDBERGについては、ヴォーカルの渡瀬マキが「元々アイドルだった」と言うこともあり、ヴォーカル技術ということに関して言うと、正直お世辞にも上手いとは言えなかったと思う。

    これは後の「相川七瀬」にも言えることなんだけど、とにかく彼女たちは、割と高いキーは元気よく勢いで出すんだけど、ビブラートを使わないもんだから、歌唱そのものが幼く聞こえてしまうのである。

    更には渡瀬マキの場合、まあ、これは世代とかこの時代の音楽だからしょうがないっていう部分もあるんだけど、英語の発音が壊滅的に下手くそだったのがやたら印象に残ってる。

    でもこの曲自体は非常にいい曲なので、ぼくは割と好きですね。あと、この曲が収録されていたアルバム「LINDBERGⅢ」も、非常にいいアルバムだったと思う。

    他の収録曲も似たような曲が多いんだけど、でも非常にいい曲揃いで、当時割とよく聞いていたし、GLAYのTAKUROも、アマチュア時代にCDが割れるほど聞いていたらしい。

    そういう意味では、結構影響を受けたというミュージシャンは多かったのではないかと思う。

    ■EDIT

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    BUCK-TICK - 悪の華(メジャー4th ALBUM(通算5枚目))
    1990年2月1日リリース

    ・Gt. 今井寿の謹慎明け復活アルバム



    29年前の今日リリース。

    懐かしい。もうそんなに日が経つのか。ぼくが、一番最初にBUCK-TICK(以下B-T)に触れたのがこの作品だった。

    ラルクのときにも書いたけど、このバンドもまた、謹慎明けの復活によるこのアルバムでブレイクを果たした典型例。

    当時ぼくは、大好きだったXの「BLUE BLOOD」も一通りしゃぶり尽くして、似たようなバンドに飢えていた頃に、ぼくの目に飛び込んできたのがこのジャケット写真と、「悪の華」と言うシングル曲だった。

    【【×年前の今日】1990年2月1日:BUCK-TICK - 悪の華(メジャー4th ALBUM)】の続きを読む ■EDIT

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    30年前の今日、平成が始まった。

    知っている人も多いと思いますが、1989年の1月8日って「平成が始まった日」なんですよね。「8日」に始まっているということは、1989年1月7日までは昭和だったわけです。

    なので、「昭和64年」というのが1週間だけ存在してるんですね。更に言うと昭和元年が始まったのは「1926年12月25日」で、その日から「昭和元年」が始まっており、年が明けてすぐに「昭和2年」になってるんですよ。

    なので、「昭和」という元号は通年で64年ではあるけど、実質稼働期間は「62年と2週間」ということになるんですね。面白いですよね。

    で、今年でそれも終わるってことで、今「平成」を振り返るみたいな記事とか特集多いですよね。

    ざっくりと振り返ってみると、世界情勢的なところで言うと「ベルリンの壁」が崩壊したりだとか、日本の話だと、はじめての「消費税導入」だったりとか。

    ※因みに消費税導入を決めたときの総理大臣「竹下登」は、北川景子の旦那で「うぃっしゅ!」でおなじみ「DAIGO」氏のおじいちゃんです。

    けど、個人的にはやっぱり、「日本の音楽シーンにとっての重要な1年」という印象が強いんですよねえ、89年って。前にも書いたかも知れないけど、89年は平成元年でもあると同時に「J-POP元年」でもあるんですよ。

    というのも、いまみんな当たり前のように「J-POP」って言うてますけど、この言葉ってマスメディアによって自然発生的に使われるようになったものではなく、実はFMラジオ局である「J-WAVE」によって、正に1989年に作られた言葉なんですよね。

    世は「レコードからCD(アナログ⇒デジタル)」の転換期ということもあったし、第二次バンドブームを皮切りに邦楽シーン全体が活気づいていたということもあって、ムーヴメントを起こそうという思惑があったみたいですね。

    まあ、結果的に「J-POP」という言葉自体が浸透するまでには5年くらいかかるわけですが。

    そんな時期にぼくは多感な年頃となっており、音楽と出会ってしまったもんだから、やっぱりこの年自体に対する思い出や思い入れがどうしても深くて、忘れられないんですよね。

    特に「X(現・X JAPAN)」との出会いね。あれは忘れもしない「ミュージックステーション」ですよ。で、ダメ元で「1989年の何月何日OAの回だったか」を調べていてびっくりしたんだけど、Mステの公式サイトすげーな。

    何がすげーって、第1回放送(1986年~)の全OAのゲスト一覧がアーカイブされてんのな。年代とかアーティスト名、曲名で検索できるようになってる!

    で、ぼくが初めて見たのは89年のどの回だろうと思って探してみたら、89年の8月25日と10月20日に両方共「紅」で出てんだよね。どっちだよ!いや、多分初出演の「8月25日」の方だとは思うんだけども。

    まあいずれにしても、1989年はぼくにとっては人生の中で印象深い年だったので、話の着地点なんて最初から見えなかったけど、どうしてもなにか書きたかったので、今回、1日遅れだけど書かせてもらいました。


    ※画像引用元 
     https://www.jiji.com/jc/d4?p=hsm100&d=d4_ftee ■EDIT



    TRAIN-TRAIN - THE BLUE HEARTS(5th SINGLE) 
    1988年11月23日リリース

    ・作詞作曲:真島昌利(Gt)
    ・同タイトルのアルバム(3rd ALBUM)を同時リリースしている。
    ・TBSドラマ「はいすくーる落書」の主題歌。
    ・バンド初、オリコンチャートベスト10入りのシングル。



    30年前の今日リリース。

    第二次バンドブーム真っ只中の曲。この曲で「THE BLUE HEARTS」というバンドを知ったという人もきっと多いと思う。自分もそうだ。

    上記の通り、斉藤由貴主演の「はいすくーる落書」というドラマの主題歌で、ぼくはこのドラマがきっかけで知った。


    ドラマの続編である「はいすくーる落書2」の主題歌も同じくブルーハーツで、確か「情熱の薔薇」という曲だったと思う。なので、この曲と、情熱の薔薇だけはカラオケで歌える。

    でも実を言うと、ぼくはブルーハーツはあまり好きではなく、唯一ブルーハーツで好きな曲がこの曲くらいしか無い。というか、そもそも他の曲をあまり知らない。

    どうも、甲本ヒロトのあの動きとか、全体的にシンプルすぎるアレンジとかがぼくには合わないと感じていた。

    でもきっとそれこそがこのバンドの最大の魅力なんだということはわかる。なので、このバンドについては、刺さる人と刺さらない人がハッキリ分かれる気がする。

    そういう意味でいうと、この曲とか「青空」とかは、割と一般受けしやすい楽曲なのかなとは思う。

    あと、やはりブルーハーツって、第二次バンドブームのメインストリームにいたバンドということもあり、この曲は正にその時代の彼らを象徴している楽曲だなと思う。

    【【×年前の今日】1988年11月23日:TRAIN-TRAIN - THE BLUE HEARTS(3rd SINGLE)】の続きを読む ■EDIT


    今でもそうなのかは知らないけど、昔は「4月21日」っておそらく1年で一番CDリリースが多い日なんじゃないかって、個人的に思ってた。

    実際、この日に僕の好きなバンドたちがいろんなタイトルをリリースしているので、実際に時系列を追いながら紹介したい。

    【「4月21日」は音楽CDリリースラッシュな日。その1:1989~1990】の続きを読む ■EDIT



    ■レプリカ SO MANY TIMES REPLICA■

    ふいに思い出して聞きたくなる。このバンド「REPLICA」とはそうしたバンドだと思う。

    1988年にメジャーデビューしたバンド。しかしこのバンドはつくづく「出て来るタイミングの悪いバンドだった」と言わざるをえないくらい、時代に恵まれなかったバンドではないだろうか。

    1988年というと正に「第二次バンドブーム」のピークの頃で、その年の女性ボーカルのバンドだと既に「REBECCA(レベッカ)」や「PERSONZ(パーソンズ)」がメジャーシーンの中における、正にバンドブームの代表的存在として君臨していた。

    そんな中でのREPLICAの音楽性や、Vo.NAOCOの声や歌い方は、正に先人の二番煎じ感が強く印象として残ってしまうものとなっており、更に輪をかけてバンド名がコレ以上無いくらいのアイロニーとなってしまっていたためか、大きなヒットに結びつくこと無く「知る人ぞ知る存在」として消えてしまったのがなんとも残念でならない。

    確かに声質はPERSONZのJILLに近く、あの太い声に加えREBECCAのNOKKOのようなキュートさも併せ持ちながらも基礎はしっかりしていて、ヴォーカリストとしては非常にスキルが高かったし、それを支える楽器隊のソングライティングセンスも非常に高かった。この動画の「SO MANY TIMES」を聞いてもらえれば、そのあたりはよくお分かりいただけると思う。

    とりわけキーボードの方がすごくいい仕事してらっしゃる!確かこのバンドはベースの方とキーボードの方が主に曲を書いていたと思うのだけど、キーボードがあるバンドでいいバンドの場合、キーボードの人がすごくいい仕事をしていたりメインで曲を書いていることが多い。(Janne Da Arcとか)

    キーボードのアプローチにおいて「在るべくして在る音」がそこにあって、決してお飾りなどではなく、まして取ってつけたような音にはなってない。こーゆー曲を作ったり音を出せたりするバンドって、実は中々いない。

    なだけに、本当にもったいない。出てくる時代が完全に悪かったとしか言いようがない。タラレバの話をしても詮無いことなのは百も承知だけど、REBECCAもしくはPERSONZのどちらかがいなかったら、そのポストには間違いなくこのバンドがいただろうし、或いはもっと後になってジュディマリの時代にジュディマリがいなくてもやはり同じだったと思う。

    これ、同じことが「KATZE(カッツェ)」というバンドにも言える。まあ、何にせよ聞いてみて欲しい。本当にいいバンドだから。   ■EDIT

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