脳窓全開ブログ

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    タグ:懐ロック

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    PENICILLIN - Blue Moon / 天使よ目覚めて(メジャー1st SINGLE)

    23年前の今日リリース。

    このバンドは、ヴィジュアル系が「ヴィジュアル系」と呼ばれ始めた頃の最初の世代ではないかと思う。でも、ぼくは別にこのバンドのことは好きでも何でもなく、なんならちょっとバカにすらしていたw

    何しろVo. HAKUEI氏のあのしゃくりあげるようなヴォーカルが、当時V系から少し離れたところにいた人からすると、笑いの種でしかなかったですからねえw最初、割とマジで「ネタでやってんのか」とさえ思ったくらいだ。

    と、同時にこのバンドがこのシングルをリリースして間もなく、武道館公演をおこなったりして、音楽シーンの中において、V系が過大評価され始めたのも正にこの頃からだったように思う。

    ぼくは当時バンド始めるかどうかくらいの、一番音楽に貪欲でこだわり全開だったこともあって、彼らに対する評価に「いや、それは違うだろ」というイライラを募らせてもいた。「ヴォーカル普通に下手くそじゃねえか」と。

    なので、ぼくは「すぐ消えるだろうな」と思っていたんだけど、その後似たようなバンドがニョキニョキと現れ始めて群雄割拠となっていく中で、6th SINGLE「ロマンス」でミリオン一歩手前くらいまで売れたり、ベースのGISHOさんが脱退したりと色々ありつつも、なんだかんだ一度も活動休止せずに活動を続けているっていうのはちょっとすごいかなとは思う。


    Blue Moon/天使よ目覚
    PENICILLIN
    パイオニアLDC
    1996-03-15

    ■EDIT

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    LINDBERG - 今すぐKiss Me(2nd SINGLE)
    1990年2月7日リリース

    29年前の昨日リリース。

    おそらくこの頃って、所謂「第二次バンドブーム」が少し落ち着いてきたと言うか、終わりに差し掛かってきた頃だと思う。

    ジャンル的には「PRINCESS PRINCESS」、バンド形態的には「女性ヴォーカル+男性バンド」という点で「PERSONZ」と被ってたりで、時代の流れ的に言うと、完全に二番煎じ感が強いとさえ言える。

    でもブームが完全に終わっていたわけではなく、同系統のバンドなんか当時星の数ほどいたんだろうけど、それこそこの系統については「PRINCESS PRINCESS」の独壇場だったので、当時のLINDBERGは「その他大勢」の中の一つに過ぎなかったと思う。

    ※実際、この曲は2nd SINGLEだが、アルバムは既に2枚リリースしていて、その2枚はセールス的には全く大したことはなかった。

    だが、音楽マーケット的に不利な状況であったものの、「時代」が彼女たちの後押しをしたとも言える。それが、所謂「トレンディドラマブーム」である。

    正に「第二次バンドブーム」と同時期にこの「トレンディドラマブーム」が始まって、そのタイアップに乗れたことで一気に知名度を上げたのは言うまでもないと思う。

    所謂「無名のアーティストとドラマ・CMのタイアップ」という手法によって売り出していく方法論は、正にこのLINDBERGあたりが先駆的なのではないかと思う。実際、この当時完全に無名でしたからね。

    なので、言っちゃ悪いが、これがなかったらこのまま無名で終わっていた可能性は全然あったと思う。

    とは言え、肝心のバンドサウンド自体はどうなのかと言うと、ぼくは決して悪くないと思う。というか、全員普通にうまいと思う。このあたりについては、後のJUDY AND MARYに似ている。

    というか、過去に取り上げたことのあるこの時代の別のバンドで「レプリカ」というバンドがいたんだけど、そのバンドも似たような感じ。ヴォーカルも含め全員が非常に高い演奏技術と、ソングライティングセンスを持っていた。

    ※関連過去ログ
     REPLICA - SO MANY TIMES

    だけど、LINDBERGについては、ヴォーカルの渡瀬マキが「元々アイドルだった」と言うこともあり、ヴォーカル技術ということに関して言うと、正直お世辞にも上手いとは言えなかったと思う。

    これは後の「相川七瀬」にも言えることなんだけど、とにかく彼女たちは、割と高いキーは元気よく勢いで出すんだけど、ビブラートを使わないもんだから、歌唱そのものが幼く聞こえてしまうのである。

    更には渡瀬マキの場合、まあ、これは世代とかこの時代の音楽だからしょうがないっていう部分もあるんだけど、英語の発音が壊滅的に下手くそだったのがやたら印象に残ってる。

    でもこの曲自体は非常にいい曲なので、ぼくは割と好きですね。あと、この曲が収録されていたアルバム「LINDBERGⅢ」も、非常にいいアルバムだったと思う。

    他の収録曲も似たような曲が多いんだけど、でも非常にいい曲揃いで、当時割とよく聞いていたし、GLAYのTAKUROも、アマチュア時代にCDが割れるほど聞いていたらしい。

    そういう意味では、結構影響を受けたというミュージシャンは多かったのではないかと思う。

    ■EDIT

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    BUCK-TICK - 悪の華(メジャー4th ALBUM(通算5枚目))
    1990年2月1日リリース

    ・Gt. 今井寿の謹慎明け復活アルバム



    29年前の今日リリース。

    懐かしい。もうそんなに日が経つのか。ぼくが、一番最初にBUCK-TICK(以下B-T)に触れたのがこの作品だった。

    ラルクのときにも書いたけど、このバンドもまた、謹慎明けの復活によるこのアルバムでブレイクを果たした典型例。

    当時ぼくは、大好きだったXの「BLUE BLOOD」も一通りしゃぶり尽くして、似たようなバンドに飢えていた頃に、ぼくの目に飛び込んできたのがこのジャケット写真と、「悪の華」と言うシングル曲だった。

    【【×年前の今日】1990年2月1日:BUCK-TICK - 悪の華(メジャー4th ALBUM)】の続きを読む ■EDIT


    氷室京介 - KISS ME(9th SINGLE)
    1992年12月7日リリース

    ・C/W:YOU'RE THE RIGHT
    ・作詞:松井五郎 / 作曲:氷室京介 / 編曲:西平彰。
    ・4thアルバム『Memories Of Blue』の先行シングル。
    ・自身初にして唯一のミリオンセラー。




    26年前の今日リリース。

    なんていうか、この曲は全てがかっこいいとしか言えない。曲もジャケットもPVも全部かっこいい。見てくださいよこのジャケット。氷室とバイクですよ。背景赤ですよ。死ぬほどかっこよくないですか。

    なんていうか、個人的には「氷室京介」というイメージやブランドって、このシングルによって完成されたと言っても過言ではない気がする。

    それ以前からも、積極的に「脱BOØWY」を図って、あれこれやっていたとは思うんだけど、その音楽的・ビジュアル的アプローチがあまりにもおしゃれすぎるというか洗練されすぎちゃってて、それが何処か「氷室っぽくない」という感じもしていて。

    まあ、もちろんそれが「勝手なイメージ」であることは百も承知なんだけれども。

    でも、ここに来ていわゆる「待ってました感」というか、正に「こーゆーのを見たかった・聞きたかった」というところにハマったのではないかと思う。これ、同じことを後の17枚目のシングルである「SLEEPLESS NIGHT~眠れない夜のために~」でも思うのだけど。

    ※関連過去ログ
     【×年前の今日】氷室京介 - SLEEPLESS NIGHT~眠れない夜のために~(17th SINGLE)
     
    要するに、このSLEEPLESS~のときにも書いたけど、氷室の最大の魅力って「V系寄りな中2感のあるナルシズム」だと思うんですよね。で、それってこのPVでの動きにそれが現れている気がする。


    【【×年前の今日】1992年12月7日:氷室京介 - KISS ME(9th SINGLE)】の続きを読む ■EDIT

    JITTERIN'JINN(ジッタリン・ジン) - エブリデイ(1st SINGLE)
    1989年10月10日リリース
    ・イカ天出身(6代目イカ天キング)
    ・2000年には、彼らの楽曲「夏祭り」を北海道出身のガールズバンドWhiteberryがカバーし大ヒット。



    29年前の今日リリース。

    1989年は、このブログでは何度も話題にしている通り、ぼくにとっても、日本のJ-POP史にとっても非常に重要な年で、この年は「平成元年」でもあり「J-POP元年」でもあり、そして「第二次バンドブーム」の年でもあった。

    そんな年に、正にバンドブームを加速させるキッカケにもなった番組「三宅裕司のいかすバンド天国(通称:イカ天)」に、彗星の如く現れたバンドが、この「ジッタリン・ジン」というバンドである。

    当時ぼくは正に「X」にハマっていた頃だったので、彼らの音楽性については正直全く好みではなかったが、ぼくの父親をはじめとした音楽通の人達や、当時のプロのミュージシャンや音楽評論家などが彼らの才能を絶賛しており、所謂「通好み」な音を奏でていたバンドであった。

    楽器隊3人の演奏レベルもさることながら、なんと言っても、Gt. 破矢ジンタの類稀なるソングライティングセンスは当時から異彩を放っており、昔も今も、唯一無二の存在だったと言っていいと思う。

    Vo. の春川玲子については、歌唱力的に言ったら別に全然うまくないどころか、ビブラートも一切おこなわないためか、むしろ幼い歌い方で、いわゆる「いかにもガールズロックバンドのヴォーカル」という感じ。

    なんだけど、可愛らしいルックスとは裏腹に無表情で独特な振り付けで踊りながら歌う姿が、当時の感覚からしても非常にエキセントリックだった印象を残していて、それが結果的に破矢ジンタの作る楽曲に非常にマッチしていて、ジッタリン・ジンというバンドの大きな特徴となっていると言えると思う。

    しかし悲しいかな、あまりに突出した才能だからなのか、メジャーというフィールドが彼らに合わなかったのか、割と早い段階でインディーズに戻ったような気がする。

    だが、どうやら公式的には、ベーシストの脱退はあったものの、バンド自体は解散はしていないようで、10年前にも音源をリリースているっぽい。
    この時代の音楽シーン全体もそうなんだけど、「イカ天」という番組自体が、「たま」や「BEGIN」や「ブランキー・ジェット・シティ」等、オリジナリティあふれる個性的なバンドを数多く輩出していて、改めてすごい時代だったなあと思う。
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    ■ユニコーン 『大迷惑』

    5ヶ月ぶりの懐ロック。

    日常生活の中で、ふと頭をよぎる曲ってあるじゃないですか。で、それが「今日の曲」みたいになって一日中ぐるぐる回り続けるみたいな。そんなここ数日のぼくの頭の中の曲、言わば「脳窓ソング」がコレ。

    で、オリジナルを無性に聞きたくなって久々にこの動画を見たんだけど、奥田民生若えなwそしてドラムの川西は相変わらずロバートの秋山に似ている。

    この曲は、キーボードがすごくいい仕事をしている曲だなあと思う。

    AメロBメロでコミカルな味付けをしているのに、サビでボーカルが畳み掛ける展開になると、ストリングスで、言っちゃえば無駄に壮大な感じというか、厳かな感じを出していて、そのギャップが非常に面白いと思う。

    この曲を聞いて「いい曲だなあ」と思う理由って、正にこのサビのストリングスアレンジがこうなってるからなのかなと言う気がしている。それくらいこの曲の中での重要な位置を占めているというかなんというか。

    ぼくは、所謂第二次バンドブーム世代というか、この時代のROCK&POPSが非常に好きではあるけど、ユニコーンが好きだったかというと、実はそんなでもな買ったりする。

    というか、言っちゃえばちゃんと知ってる曲なんてこれしかないし、CDもコレしか持ってなかった。何故か他の曲はイマイチ響いてこなかった。

    ただ、このバンドがすごく人気だった理由には、こうした音楽的にバラエティに飛んでいた部分だったのかなという気がしてきた。

    最初期の頃の「Maybe Blue」なんかは、この頃とはまた違って、ビートロック寄りなPOPSって感じで、他のバンドが新宿LOFTとかJAMとかリキッドルームで「ROCKやってます!」って感じでやってる中、こっちは原宿のRUIDOとか渋谷のラ・ママとかでやってそうというか。

    ※完全にぼくの勝手なイメージです。実際はどうだったかは知りません)

    でも、それこそキーボードが女性から阿部義晴に代わって、この大迷惑辺りになる頃には、正にこういった感じのコミカルかつ、音もちょっとロック寄りになってきたりしたことから、阿部義晴の影響が結構大きいのかなあなんて勝手に想像してる。

    ■EDIT



    ■KIX-S 全曲メドレー■

    久々に懐かし系。所謂ビーイング系で唯一好きだったアーティスト。

    この手のジャンルはぼくが最も毛嫌いしているジャンルの1つでもあるんだけど、実は意外にも、何故かこのアーティストだけは好きっていう。

    見ての通り「女版B'z」って感じで、正にそう言われてもいたんだけど、でもそれは揶揄されたものというよりは、むしろ正統的に受け継いでいると言った趣さえある。

    そもそもの話として、Gt.安宅美春がKIX-Sとしてデビューする前に「ソロギターシンガー」みたいな感じでデビューしており、その時のデビューシングルを、それこそB'zの松本孝弘が提供していたりする。

    で、それが後のB'zの代表曲のうちの1つにもなる「孤独のRunaway」で、つまり元々は「安宅美春のために書き下ろされた曲」をセルフカバーした、というものなのだ。(多くの人は安宅美春がB'zの当該曲をカバーしていると思っているみたいだが、実は違うのだ)

    そうした事情もそうだし、そもそもの話としてB'zというユニット自体に、当時のビーイング系とのジャンル的親和性はあったし、なんならこの時代のビーイング自体が当時のB'zのスタイルに寄せていた、という風にも見て取れるところでもあった。

    ただ、そうした中ビーイング系は主に、TUBEのギタリスト春畑道哉による提供楽曲もの(ZARDとか)と、織田哲郎による提供楽曲(WANDSとかT-BOLAN)が多かった中、彼女たちは珍しく自分たちで作詞作曲をおこなっていて、当時のビーイング系としては結構珍しかったので好感をもっていたりもした。

    その中ぼくが唯一持っていた彼女たちのアルバム「VIRGINITY」が結構気に入っていて、1曲目の「愛を殺して」があまりにもかっこよすぎて、一時期ものすごくリピートしていたこともある。

    この動画は全曲紹介であるため、1曲あたりがものすごく短いのが残念だが、懐かしさにかられてつい聞いてしまった。それと、完全に余談だが、このアルバムにはデビュー直前だか直後の「大黒摩季」がバックコーラスとして参加している。彼女はKIX-Sの後輩なのだ。

    今度VIRGINITY買い直そうかなあ。どうせ死ぬほど安いだろうし。




    ■EDIT


    ■KATZE /HOLD ME~Some Day~STAY FREE■

    つい先日、89年の映像と、その少し前にも88年デビューのバンド「レプリカ」について紹介したことで、この時代(第二次バンドブームの頃)の音楽について書くのが楽しくなっちゃって、ついに音楽系に新しくカテゴリを作ったった。その名も「懐かし系」。そのまんまですね。

    レプリカについて書いた時に最後の方で少しだけ引き合いに出したのだけど、レプリカとこのバンドってすごくよく似ている気がする。立ち位置というか境遇というか、セールスとは無縁のところにいたところとか。

    要するにこのバンドもレプリカも、一言で言うと「出て来るタイミングの悪かったバンド」としか言いようがない。

    で、どちらにも共通しているのが、演奏技術もソングライティングセンスも極めて高いというところ。そしてそんな素晴らしいものを持っていながら「なぜか売れていない・知られていない」というところも含めて全部似ている。

    あ、因みにバンド名は「KATZE(かっつぇ)」と読み、ドイツ語で「猫」という意味だそうです。

    とは言え、レプリカの場合はどうか知らないけど、KATZEの場合に至っては、コマーシャリズムというか商業ベースというか、もっと露骨な言い方をすれば「売れ線」みたいな部分にものすごく反発していたみたいで、売れていなかったのは「敢えて」という方が正しいとされている。

    しかし、彼らの音楽性を鑑みると、(この表現の仕方に嫌悪感を示す人もいるかもしれないが)どう考えても「ポストBOØWY」、もっと言っちゃえば「BOØWYの二番煎じ」という感はどうしても否めない。

    もっというと、BOØWYはこの時点で既に解散していたバンドで、所謂ビートロック路線が緩やかに終わろうとし始めていた頃に出てきただけに「もう少し早く出てきていれば感」は否めなかったのではなかろうか。

    とは言え、地元山口県は下関市では、アマチュアの頃の時点で既に彼らのコピーバンドが存在していたというのだから、その人気は計り知れない。

    あと、何気にビートロック系のバンドでありながら「玄人好みのバンド」でもあり、それこそBOØWYの高橋まことにもその実力を認められたりもしているし、何より、数年前の布袋寅泰のLIVEに、Vo.の中村敦がコーラスで参加している映像を見た時は感動さえ覚えた。

    で、この映像なんだけど、何年かは定かではないけど、恐らく「89~91」の間であることは間違いない(解散が91年で、1曲目が89年発売のアルバム「STAY FREE」収録曲であることから)。

    そして会場は恐らく、ステージのへりの感じや2階席の感じからして恐らく「渋公」こと「渋谷公会堂」と思われる。

    楽曲については、もうKATZEの鉄板曲が3曲揃い踏みといったところ。ぼくはこの中でも特にSOME DAYが好きだ。

    特にこの曲はギターソロが秀逸で、どこかこう「Canon Rock」的クラシカルなスケール(ここでは規模的な意味ではなく「音階」という意味で)を感じるなと思っていたら、どうやら実際そうしたクラシカルな要素を参考にしながら作ったんだそうな。

    この動画だと若干演奏が粗い部分はあるんだけど、ラストライブのCDで聞ける曲のアウトロの部分のフレーズの構築の仕方も実は非常によく練られていて、実にきれいな形でまとまっており、しかもバンド自体の演奏が上手いから完璧な着地の仕方を見せるところとかがたまらない。

    あと、面白いのは、続く「STAY FREE」なんかが特にそうなんだけど、YouTube上で確認できる同曲の映像を見比べるとわかるんだけど、ボーカルもギターも毎回毎回演奏の度にフレーズとかフェイクの入れ方とかが変わっているのが凄い。同じ演奏を一切やらない。

    それでこのクオリティなのだから、最早ぐうの音も出ない。  

    ■EDIT




    懐かしい!不意にこの映像のことを思い出して探してみたらあった!

    この映像は1989年のクリスマスイブにNHKでOAされた「POPS & ROCK SPECIAL LIVE '89」という番組のもの。(後にPOP JAMがこの番組を引き継いでいく)

    折しも第2次バンドブーム真っ只中だったこともあり、番組に出ていたラインナップが非常にストリート的と言うか、正に原宿ホコ天系のバンドメインだった。

    その中に「岡村靖幸」や「松岡英明」や「大江千里」、或いは「永井真理子」や「渡辺美里」といった当時のCBSソニー系のソロアーティストが混じっていたり、ガールズロックの2TOPであるプリプリこと「PRINCESS PRINCESS」や「SHOW-YA」もいた。

    で、この映像についてはそうした、当時のバンドブームを正に牽引していた代表格である「JUN SKY WALKER(S)」と「UNICORN」がジョイントで曲を演奏するという、当時のバンドブームを知るおっさん・おばはん世代にとっては垂涎モノの堪らない映像。

    曲は1曲目が、今は亡き忌野清志郎のバンドRCサクセションの名曲「雨上がりの夜空に」、2曲目は「ビートルズの2代目」と言われこの曲で華々しくデビューするも、その後にヒットが出せずに早々と消えていった「世界一有名な一発屋」こと「The Knack」の「マイ・シャローナ」。

    ぼくは当時この番組でこれらの曲を知ったし、そういう人はきっと多いと思う。何しろ、Wikipediaのマイ・シャローナの項目に、正にこの時の映像のことが書かれているくらいだ。

    曲についてだが、まず「雨上がりの夜空に」を歌うジュンスカ宮田和弥が、あまりにもハマりすぎ。

    片やUNICORNの奥田民生も、当初はそれこそ「MAYBE BLUE」なんて曲でビートロックっぽいこと演ってたけど、丁度このあたり(シングル「大迷惑」リリース後、アルバムで言うと「服部」あたり)から、ややコミカルな路線に入りはじめていたこともあり、清志郎のアンニュイな感じが非常にマッチしている。

    ジュンスカとUNICORNという、お互いに毛色が全く違うバンドのはずなのに「2バンドともここがルーツだったんじゃないか」と思わせるくらい、様になっていたのが印象的だった。

    で、その後に続く「マイ・シャローナ」も同様で、雨上がりの夜空にがジュンスカ寄りの曲だとするとこっちの方はUNICORN寄りとも言える。

    この曲ではUNICORNのキーボード「阿部義晴」がメインボーカルを取っているが、彼もまた非常に歌が上手い。

    奥田民生が歌っても多分いい感じの雰囲気は出せてたと思うが、阿部義晴のハマりっぷりも凄い。

    で、この動画のコメント欄で気付かされたのだけど、マイ・シャローナの時の阿部の衣装が「ルパン三世」で、隣で仁王立ちしているジュンスカのベース「寺岡呼人」が「銭形のとっつぁん」という対比になっている。全然気づかなかった。

    てか、この番組もっかいフルでみたい。  

    ■EDIT


    ■仲村知夏 「BE COOL」■
    1988年作品 作詞:松宮晴吉 作曲:氷室京介 



    1989年にリリースされたアルバム『STREET ANGEL』に収録。でも曲自体は、実は氷室京介の「LOVE & GAME」が原曲。ついこないだこの楽曲の存在を知って非常に驚いている。

    氷室京介のLOVE & GAMEは1988年、BOØWY解散後のソロデビューアルバムである「FLOWERS for ALGERNON」に収録され ているので、氷室が彼女のために書き下ろした曲というわけではない。

    でも、彼女がLOVE & GAMEをカバーしているというわけで もないようなので、楽曲提供に至るまでの経緯や詳細が不明で、ちょっとややこしいところ。

    更に言うと、そもそも氷室のLOVE & GAMEは、なんとキョンキョンこと「小泉今日子」に対して1987年に書き下ろされた提供 用の楽曲であり、大御所作詞家、湯川れい子の作詞による「3001年のスターシップ」というタイトルでリリースされていたものが 原曲。

    で、後に氷室がセルフカバーして今のLOVE & GAMEの形になっているものを、上記:仲村千夏が「BE COOL」というタイト ル(作詞:松宮晴吉)として歌っている。

    つまり、時系列的には

    3001年のスターシップ(キョンキョン1987) ⇒ LOVE & GAME(氷室1988) ⇒ BE COOL(仲村千夏1989)

    となる。

    聴き比べてみると非常に面白くて、やはりキョンキョンの3001年の方は、我々のよく知るLOVE & GAMEとは大分違っている。

    片や仲村千夏のBE COOLの方は、大分LOVE & GAME寄りというか、歌詞自体もかなりLOVE & GAMEに引っ張られてる感が否 めないのが面白いところじゃないかと思ってる。

    氷室京介は実はこうした楽曲提供を「やってなさそうで実は思ってたよりかは意外とやってた」って言う人で、全然売れなかった アイドル歌手を含めると、割と多く提供してきている。

    有名どころを挙げるとすると、KAT-TUNの「Keep the faith」とか、反町隆史の「SINCERELY」及び「ONE」も提供しており、 「ONE」に至っては、後に自身のミニアルバム「beat haze odyssey」にて同曲をセルフカバーしている。

    あとは何と言っても、最近タレント・俳優としてすっかり有名になった「DAIGO(北川景子の旦那)」のデビューシングルは、他 ならぬ氷室京介の提供楽曲「MARIA(DAIGO自身の作詞)」でデビューしており、更には氷室自身がこれを「Claudia」として森雪 之丞の作詞でセルフカバーしている。

    提供楽曲をセルフカバーし、それをシングルに持ってきた楽曲は、恐らく後にも先にもこの楽曲だけではないかと思う。

    というより、DAIGOのMARIAと氷室のClaudiaは、実は同時リリースという異例のアプローチということで、当時ちょっと話題になったりもした。 【仲村知夏 - BE COOL(氷室京介 - LOVE & GAME)】の続きを読む ■EDIT

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