定期的に書いて言いたいシリーズ。
何度でも言うぞ。

その「我慢・苦労・無理」にはちゃんと意味があるのかを考えろ!

クロネコ屋@ブログ×SNSマーケティング

昔は「やりたくない仕事でも我慢して続けなさい。石の上にも三年だ」という教えを信じてた。

けど今は「やりたくない仕事をやってる暇はマジで1秒もない」という考えに完全にシフトしてる。我慢の先に『やりたい事』があるならOKだけど、そうじゃないなら時間の無駄。自分の人生を生きるべし


ほんこれ。

確かに、ある程度やってみなくちゃわからないという側面もあるとは思うけど、そもそも今の時代「辛さを感じるような仕事」と言う物自体に価値なんて無いとぼくは思っているので、ちょっとでも辛いと思うならすぐに辞めるべきだと思う。

元ツイートにもあるように「我慢の先に自分の夢や成し遂げたいこと」が無い場合、その我慢や苦労はハッキリ言って無意味だ。以前も書いたけど「苦労は買ってでもしろ」なんてのは、老害共の妄言だ。

※関連過去ログ

http://blogrider.tokyo/archives/21459498.html

時間(=人生)が有限である以上、不要なことに時間を割くことに美徳を見出すなんてのは、ぼくから言わせればただのオナニーだ。辛いことに耐え、汗を流している自分に酔いしれているだけだ。要するに本質的じゃない。

我々がおこなうべきことは「努力」であって「苦労」ではない。努力と苦労をイコールで結んでしまうような人間に成長はない。

努力と苦労を同列に考えて混同している人間は、恐らくそのどちらも経験したことがないか、思考停止しているだけの人形と一緒だ。

過去ログにも書いたが、苦労の末に成功を掴んでいる人は、その苦労を打破するために人一倍「努力」をしてきた人であって、自ら進んで苦労してるんじゃない。

もうこの際だからキッパリと断言するが、現場系の業務は別として、あらゆることがITでソリューションでき、効率化出来るこのご時世において「汗水流して苦労する」なんてのは、ハッキリ言って「ダサい」だけだ。

それを美談化して、そんな自分に酔っているなんてのは愚の骨頂。先述したが「思考停止しているだけの人形」であり「ただのオナニー」だ。

そしてそういう人間こそが、このブラック国家・ブラック社会における最大のカモなのだ。

自分という存在を高々一企業に安く買い叩かれ、いいように利用され、搾取され続けても尚、本質を見抜けず、剰えそんな仕事に「やりがい」なんていうものを見出そうとする。

それを見出すことによって、搾取されている自分を正当化し、「人生ってこんなもんでしょ?」と高を括る。

バカじゃないのか?って話。

「自分にとって大事なのは何かを考えろ」っていうのはありきたりだろうから、もっと具体的に言うと「自分の人生の優先順位」をちゃんと考えて並べてみろ、って話だ。

その際「仕事の都合上」とか「会社の都合」なんてのは考えなくていい。だって、「あなたの人生はあなたのもの」なのだから。会社や仕事の都合なんて知ったことか。

良くも悪くも、会社にとってあなたは「換えの利く存在」でしかないのだ。だからあなたにとっての会社や仕事もそうあるべきだ。

自分の人生を会社や仕事なんぞに預けるな!

その会社で仕事をするために生まれてきたんじゃないだろう?
あなたは、あなたの人生の中で生きて死ぬべきだ。

大丈夫。必死で生きるやつはそう簡単に死なないし、必ず誰かが味方してくれるから。

 
 

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