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FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 (日本語) 単行本 – 2019/1/11


めちゃくちゃ面白かった。

 一言でいうと


人は皆、特に学のある人ほど先入観によって世界を正しく見ることが出来なくなっているから、思い込みをなくして、データを基に正しく読みといていこう。世界は君たちが思っているほど悪くなどなっていないのだよ、ということを教えてくれる本だった。

もんのすごいざっくりいうと。結局の所「リテラシー(読解力)高めていこうぜ」っていう話でもある。

この辺りについては、中田敦彦のYouTube大学でも触れられているので、概要を知りたければこの動画を見るのが手っ取り早いだろう。


【FACTFULNESS】データを基に世界を正しく見るファクトフルネス〜①〜ビル・ゲイツやオバマ元大統領が大絶賛した名著


【FACTFULNESS】悪い状況と良くなっている傾向は両立できる〜②〜現状だけを見て叩くのは誰の得策にもならない!


【FACTFULNESS】事実を基に行動すれば人類の未来はもっと前に進める〜③〜

 10の思い込み


この本は全11章から成っており、うち第1章~第10章にそれぞれの「思い込み」について言及されている。

第1章:分断本能
第2章:ネガティブ本能
第3章:直線本能
第4章:恐怖本能
第5章:過大視本能
第6章:パターン化本能
第7章:宿命本能
第8章:単純化本能
第9章:犯人探し本能
第10章:焦り本能

 第1章:分断本能とは


「富裕層」と「貧困層」とか、「先進国」と「発展途上国」、果ては「善と悪」といった形で、人は何でも二極化して、すべての事柄はその何れかに属していると考えてしまいがちだ。

しかし、実際にはその定義が曖昧だったり、大半の人はその重なり合う部分に属しているため、そもそも論として二極化して単純に論ずることなど出来ないということ。

そのことが理解できないと、データを正しく見ることは出来ないので、「世界は分断されている(二極化されている)」という思い込みは捨てて、データの重なりが一番多い部分をきちんと読み取ろうぜ、というお話。

 第2章:ネガティブ本能


個人的にこの本の中で最もうなずけたのはこの章。

人はネガティブなニュースのほうが圧倒的に耳に入りやすく残りやすい上、「良くなっていること」はそもそもニュースになりにくい。というもの。これはなるほどと思った。

例えば、2000年代の前半辺りって「キレる17歳」というキーワードが流行り始め、当時17歳の少年たちによる少年犯罪がやたらと報道されていた。

この一連の報道のせいで当時多くの人が「少年犯罪が増加の一途を辿っている」って思い込まされていたんだけど、それは大きな間違いだ。

少年犯罪は増えてるどころか年々減少しており、90年代に一度ピークを迎えるが、それ以降は再び減少していき、2015年時点では「12年連続で減少」し、「戦後最低」とまで言われたほどだ。

そのことを知っている人は果たしてどれほどいるのかって話で、結局「眼の前の悪いニュースに持っていかれやすい」が故にそうした勘違いを生んでしまう。

なので、人は「ネガティブなニュースのほうが広まりやすいものである」ということを強く認識すべきだと説いている。

あと、印象的だったのが「悪い」と「良くなっている」は両立するということだ。

人はつい、悪いニュースばかりを聞くと、「全体の状況が悪化している」と認識しがちだけどそうじゃないと。マクロな視点で見たら寧ろ良くなっていて、悪いニュースはその中のほんの一部に過ぎない。

けど、ネタとして強い(印象に残りやすい)のは「ネガティブなニュース」であるからして、メディアは基本そうしたニュースしか流さないし、人はそればかりを記憶にとどめてしまう。

そうすることによって、それこそ先の「分断本能」のような思考になってもしまうし、次で紹介する「直線本能」や「恐怖本能」のようになってしまうということ。

なので、

  • ネガティブなニュースのほうが広まりやすく、いいニュースは広まりにくい
  • 「悪い状況」と「状況そのものが改善されている」は両立する
    (悪いことは全体の一部でしか無いことが大半である)
ということに気付こうぜって話。


 第3章:直線本能


これもぼくに大きな気付きを与えてくれた。要は、例えば世界の総人口って、今右肩上がりに増加していて、「年間で7500万~1億人ペース」で増えている。

それこそ15年くらい前、TAKUIの「FAR EASTERN」という曲の歌詞では「60億」と表現されていた人口が、2010年に発表された水樹奈々の楽曲「NEXT ARCADIA」では「70億」になっていたり。

で、2020年現在での総人口は「77億」とも言われている。

このようなデータを目の当たりにすると人は、そのままそのグラフは直線に伸びてしまうのだろうと予測してしまいがちだが、実際はそうではなく、85億~110億程度で頭打ちになるだろうと言われている。

このように、これまでの傾向から、一方的な方向性にしか変化していないものに対して人は、「このあともひたすらこの状況が続くだろう」と考えてしまうが、寧ろそうなることのほうが珍しい。

必ずどこかで頭打ちになって停滞する時期を経て、再び変化が訪れることのほうが多いのだということを覚えておいたほうがいいということだ。


 第4章:恐怖本能


これは、今正に「コロナパニック」で混乱している人々が注目すべき箇所だ。一言でいうと「恐怖」と「危険」は異なるということだ。

人はつい、「恐ろしい」と感じるものに対して目が行きがちで、それは人間という生物の本能だからある種仕方がないとも言えるし、それよって危機回避をおこない生存してきたとも言える。

しかし、その恐ろしいこと・恐怖を感じることは「どれくらいの確率で発生することなのか」ということをちゃんと考えないと、全くもって意味がない。「発生する確率が低いこと」極端に恐れていては、最早外になんて出られない。

例えば「飛行機墜落事故」なんかがいい例だと思う。

飛行機が苦手っていう人の中に「だって落ちたらどうするんだよ」って言うことを本気で心配している人がいるけど、飛行機が墜落する確率って、0.0009%らしい。

しかも、これはあくまで全世界の航空会社総合の平均値であって、米国国内の航空会社のみを考えた場合に至っては、0.000032%なんだとか。

この数字を「高い確率」と見るかどうかはその人の勝手だけど、「数字」という現実的なファクターに対して、この現実的とは程遠い値にビビって何もしないなんてのは、臆病を通り越して「ただの情弱」と言われても仕方がないのではないかと思う。

なので「恐怖」を回避するのではなく、「高い確率で起こりうる危機(リスク)」を回避しなければ意味がないよって話。

 第5章:過大視本能


これもリテラシーの低い人、特に日本人なんかが陥りやすい罠だと思う。要は「1つの数字」だけをみて、全体を捉えた気になるなと言うこと。

本書の中で引き合いに出されていた非常にわかり易い例として、「2016年の赤ちゃんの死亡数」を例に出しているのが非常にわかりやすかった。

2016年に無くなった赤ちゃんの数は「420万人」と言われている。確かに全世界で赤ちゃんが1年間で「420万人も亡くなっている」というと非常に大きく痛ましい数字ではある。

でも、実際のところこの数字は「非常に少ない数字」だというのだ。と云うのも、1950年ではこの数字がなんと「1440万人」だったというのだ。

このように、数字の大小を図る時に、何も比較をしないうちから感覚的・感情的に図ることは大きな過ちの素となり、時に現実を見誤りかねない。

「過去と比較することによって、現状どうなっているのか」だったり、「割り算をすることによって、一人あたりだとどうなるのか」を把握することによって、その数字の重要性を図るべきだという話。

 第6章:パターン化本能


これは「一つの例が全てに当てはまるとは限らない」というもの。

人は物事を考える時に、ある程度「パターン化(分類化)」して物事を考える。その方が合理的だし状況を把握しやすいこともある。

しかし、「これがこうだったから、こいつらもきっとこうに違いない」というのは短絡的だということだ。なので、まずは分類を疑ったほうがいいということだった。そのパターン化には、本当に誤りはないのかと。

例えば、集団が大規模な場合は特に、より細かい、正確な分類に分けたほうがいいし、異なる集団の間に共通点を見つけたら、分類自体に誤りがないかを改めて確認したほうがいいということだった。


 第7章:宿命本能


これは、持って生まれた宿命によって物事の行く末は決定されているという思い込みのことだった。

人や国や宗教や文化といった「大局的なもの」は確かにそう簡単には変わらないが、さりとてそうしたものが全く変わらず、永久不変であるなんてことはない。

それらは微小ながら緩やかに変化していくものであるということを認識するべきであるという話だ。


 第8章:単純化本能


これについてはもう、そのまんまで、ひとつの視点だけでは世界なんて到底理解できないということを知れって話ですね。そしてこれは、まんま「リテラシー」という部分に直結する話でもありますね。

あと、情報に対する読解力だけじゃなく、結局の所「ひとつのことに固執しすぎることで、本質を見極められない or 見誤る」ってことが、特に年配者に多いよねって話でもあると思うんですよね。

本書の中では、「自分が正しいと思っている考え方が正しいことを示す例ばかりを見るのではなく、自分の意見の合わない人に考え方を検証してもらい、自分の弱点を見つけよう」ということも書かれており、なるほどと思った。

確かにそれって辛いことかも知れないけど、客観的視点を考えた場合、ある意味最も確実かもしれないですしね。

 第9章:犯人探し本能


これこれ。これも日本人がやりがちなやつ。何か問題が起きた時に「その諸悪の根源が誰なのか・何なのか」を追求するってやつ。

「誰がジョン・レノンを殺したのか」っていうタイトルの本がヒットして以降、これを借用した「誰が●●を殺したのか」っていうタイトルがやたら使われることが多いけど、これって正にこの「犯人探し本能」の最たる例ですよね。

要するにこのようなタイトルにすることで「わかりやすさ」が出るような気がして、クリックやCVRが取りやすくなるんだと思う。ホント頭悪いなと思う。釣られる側も釣る側も。

あと、単純に何か問題が起こった時に「これやったの誰だ」って言い出すバカがいるけど、それも往々にして意味がない。

問題解決においては、「誰がやったか」ではなく「何故そうなったのか」という原因を究明することが最優先でしょうに。誰であるかなんてマジでどうでもいい。誰にでも起こりうることであるのならば尚の事。

こういうことを真っ先に顔真っ赤にして言うやつは、問題を解決したいのではなくて、ただ怒りたいだけ。癇癪起こして感情のコントロールが出来ないだけ。

マジで、スーパーでお菓子とかおもちゃを買ってもらえず駄々をこねてる幼児と一緒だよね。

また、逆に「ヒーロではなく、社会を機能させている仕組みにも目を向けてみよう」とも書かれていて、これもなるほどと思った。

というのも、物事がうまく行った時に、それがその人の手腕・手柄によるところなのか、その人でなくとも、いずれ同じ結果になり得るのか、という点について考えたほうがいいとのことだった。

これは先の「単純化本能」とも繋がる話ですよね。「単純に1個・1人の理由によるものなのか、それ以外の要素や背景に起因するものなのか」っていう視点を持ちましょうということ。

 第10章:焦り本能


これは「今すぐに決めなければならない」と感じたら、自分の焦りに気付こうというもの。

これだけはどちらかと言うと「メンタリズム寄り」な話だなと思ったけど、でも確かにそのとおりだと思う。「焦り本能に気付いたら、小さな一歩を積み重ねろ」とのこと。なるほど。わかっちゃいるけど、忘れがちな大事な本質。

そのためには「深呼吸」をしようってことと、「データにこだわれ」ってことらしい。特にデータについては、「重要そうでも正確ではないデータ」または「正確でも需要ではないデータ」に注視し、「性格で重要なデータだけを取り入れろ」という話だった。

 まとめ


個人的には、以前読んだ「ちきりん」さんの「自分のアタマで考えよう」にもうっすら通じる気がすると思った。

けど、この著者が一番言いたいことって、「物事を捉える際に、感情やバイアスや思い込みは捨てろ」ってことと、「その上で世界は緩やかに変化し続けてるし、それ故にどんどん良くなっていってるんだぜ」ってことだと思う。

なので、これによって、あらゆるものの見方が変わってくると思うので、これは特に、全ての日本人が読むべき本だと思った。

何れにしても、「情報弱者」から脱するためには、ここに書かれている考え方を全て理解できないと咲きには進めないと思う。


 
 

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