今回はこのツイートをつまみ食いします。

逃げたら負けだ!みたいな考え方っていい加減なんとかならないのかな?

学校教育に関して言えばマジでそう。

入りたいです!って言って入ったわけでもない学校に週5日半日以上拘束されて関わりたくもない同世代の敵と仲良しこよししないといけないんだよ。

通っている子が凄いだけだ。

ほんこれ。

ぼくは度々、このブログでもツイッターでも「ブラックワーキング」について言及しているけど、日本で何故ブラック企業やブラックワーキングが減らないかと言うと、結局の所、その諸悪の根源となっているのは「戦後民主主義」を根幹とした「学校教育そのもの」にあると思ってる。

今もおそらくそうだと思うんだけど、日本の学校教育って兎に角「均一化・平均化」が酷いじゃないですか。しかもそれが年々ひどくなってきてるじゃないですか。

例えば、ぼくが子供の頃は、良くも悪くも大人が力をつけすぎてて、体罰的なことも含め「パワハラ時代」で、それが当たり前だった時代なんですよね。

それこそ、その時代のマンガなんか見ててもよくあるシーンとして、「遅刻したらバケツ持って廊下に立たされる」とか、「給食が食べられなくて放課後も食べさせられる」とか。

当時からも不思議だったけど、今考えてもバカじゃねえの?としか思えない。それをする意味は何なのか。それをすることでどこに向かっているのかがわからない。おそらく、親・教師もわかってないはずだ。

で、方や今の時代は、そうしたパワハラ要素はなくなってきたけど、その代わり運動会の徒競走で「最後は全員並んでゴールしましょう」とか、兄弟のことを「きょうだい」ってひらがな表記したりとか。

誰に対する何のための配慮だかわからんような「優劣は決めない・みんな一緒だよ」という過剰なまでの配慮や自主規制が酷くなってる。これもバカじゃないの?って思う。てゆーか、バカ。だって完全に思考停止してるじゃんこの考え方w

結局、形は変われど、学校教育の根幹のマインドそのものが最初から歪んでるんですよね。改善なんてされてない、歪み方が変わったことで形が変わっただけだ。歪んでいることに変わりはない。

で、そのどう考えても違和感しか感じないそうした歪んだ価値観で、子どもたちの個性を無理矢理ねじ伏せて均一化しようとするから、その中から更なる歪みが生じる。だから「いじめ」が発生するんだっての。

で、そんな学校社会で育てられちゃってる人がそのまま成長して大人になるんだから、そりゃ今の日本の社会全体がブラック化するのも当然だわなって話。

3年くらい前にこのブログで、ホリエモンのラジオ?かなんかのトーク動画で正にこの点について言及されたものを取り上げているんだけど、学校教育そのものがなくなればいいとは思わないけど「そもそも考え方が古すぎ」っていうのが問題なんですよね。

※関連過去ログ

なので、この日本人の悪しきマインドである「均一化・平均化」だったり、「同一性共感への埋没による安心感への執着」というマインドを産まないための、「個」を強調した教育だったり、社会生活に置いて役に立つ知識の共有が出来るようになればいいという話だと思う。

ま、おそらくそう簡単にはならないだろうけど。

ESCAPE

 
 

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