●ツイート2本つまみ食い
・自信は「有るか・無いか」ではなく「持つか・持たないか」
・「言語力」の低下


の2本です。

 自信は「有るか・無いか」ではなく
 「持つか・持たないか」という話


自分に自信がない?

自信なんて無くていいじゃないですか!

自信が無いと何もできないって?

みんな最初から自信があった訳ではありませんよ!

自信が無い中で、どうやったら上手くなれるのかを工夫したり、努力していく中で自信が芽生えるのです

自信なんて持とうとして持つものではありませんよ

ぼくの意見は少し違くて、自信は「有るか無いか」ではなく「持つか・持たないか」という話だと思ってる。

何故なら「自信」とは「自分を信じること」なので。

自分を信じるに足るだけの努力をしたとしても、最終的には「そんな自分を信じる」という行為が必要な局面もあると思う。

それに、ローランドさまも「自信が持てないなら、自信のある " フリ " をしろ」って言ってたしね。

このローランド様の言葉については、実はメンタリストDaiGo氏も、過去に「週40時間の自由をつくる超時間術」の本の中で同様のことを言っていた。(リフレーミングと似たようなものとぼくは解釈している)

※関連過去ログ
それに、「自信が無い自信がない」と言い続けてしまうことで、自ら「自信が持てない体質」になりにいってしまう気がするので、やはり「自信を持つ」という心構えが重要だとぼくは考える。

NO GROUDS TO CONFIDENCE


 「言語力」の低下について



最近よく目にする"若者の言語力低下"を指摘する記事

確かに、僕ら大人が聞き慣れている言葉を理解できないことに驚くこともあるけど、それを頭ごなしに言語力の低下、劣化だと決め付けていいものなのかな

"変化"なのかもしれない、とは考えないのかな

この手の議論においてまず気をつけなければならないのは、ここで言う「言語力」とは「具体的に何を指しているのか」あるいは「総合的な意味合いなのか」、を考えなくてはならないということ。

ぼくの考えとしては、低下してるのは「読解力」の方であって、言語そのものは時代とともに「変化」しているって話かなと。

ただそうした言語の変化が読解力低下を招いてしまってるという側面もあるから、仕方ないなとも思う。

それこそTwitter等をはじめ、やたらと簡略化された略語で、感情や気分がスラングで記号化され続けてきたことで、1つの文脈から微妙なニュアンスを読み取れなくなってきている、というのが本質的な問題として潜在しているのかなと。

 
 

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