よく「愚痴を吐いてスッキリする」みたいなことを言う人がいるけど、それで本当にスッキリしている人を見たことがない。

いや、その場ではスッキリしているのかもしれないけど、それ単に「お酒の力で忘れられたってだけなのでは?」という話。

なので、大半の人が「愚痴を吐いてスッキリする」と勘違いしていることについて、一石を投じたいと思います。

愚痴



愚痴を言える人がいないって悩みを抱える人は凄く多いけど、そんな相手必要か?愚痴ってたり、悪口言ってストレス解消することはほんの一時的なストレス発散にはなるかもしれないけど、虚しくもなれば聞いた人も気分悪くなるだけだ。相談するのに愚痴なんかいらん。いるのは状況説明と自分の意志だけ。

これですよ。
で、これが出来る人が圧倒的に少ない。ただ愚痴をいうだけで終わっちゃってる。

「で、お前はどうしたいの?」の問いに対し明確に回答できて、そこに向けて動き出せる人ならまだいいんだけど、大半はそうじゃない「それがどうした」で終わる。

ただ、このツイートに対し、こんなリプを返してた人がいる。


F外失礼
私は大切なパートナーが愚痴る時は、出来る限り聞くようにしています。
相手が求めているのは、自己承認と状況のアウトプットによる思考の整理だからです。それで事象は解決しませんが、メンタルケアとしては有効なプロセスだと思います。
「もの言わぬは腹ふくるる技」と言いますからね😀

言っちゃ悪いけど、この人ちょっと頭悪いね。

「メンタルケアとしては有効なプロセスだと思います」って、だからそれを愚痴だけで終わらせてたら意味ないでしょ?って話してるんだっての。

この状態だとマジで言う方も聞く方も、何のプラスにもならんのよ。マジで時間の無駄。あとこれでメンタル改善されたったやつを、少なくともぼくは見たこと無い。その場限りのものでしか無い。

「愚痴・悪口」という自分の中に溜まったゴミを吐き出すだけ吐き出して、それがちゃんと焼却されるならまだ意味もあるだろう。

けど、それ完全に燃えないゴミだから。それ誰が片付けるんだよって話。結局それを片付けて持ち帰るまでが1セットになっちゃってるじゃん。

で、家に帰って独りになった時に、改めてその「燃えないごみという名の現実」と向き合わなきゃいけないから、結局次の日の朝が憂鬱になる。

これじゃ最早「傷舐め」にすらならず、「どうせ自分は」という無力感を自己暗示させてるだけでしかない。

「今の自分はこう。だから今後はこうしたい」になれば、言う側も聞く側も少しは意欲が湧いてくるってもんでしょうに。


※引用元ツイート(自分のやつ)



じゃあ「ポジティブ思考」がそんなに偉いのかというとそうじゃない。

根っこがネガティブな人がポジティブ思考にハマっちゃうと、それはそれで結構危ないよという話を、次のエントリでしようと思います。

 
 

ちょっとでも楽しんでいただけたり、参考になりましたら、読者登録をいただけると嬉しいです。

※「ブログリーダー」は「LINE」に更新通知が届きます。
※FeedlyはRSSで更新通知が確認できます。 ■EDIT