今回は「犬山紙子」さんのツイートを抜粋して、「エロとは何か」について、以前から思っていたことを、割と真面目に書きました。

先にネタバレすると、ぼくも犬山さんと同意見です。


乳首や性器にモザイクが必要な意味はわからない……体の一部…なぜ隠す必要ある?後ろめたいものでもないのに?

 体の一部に「エロい」も「エロくない」もない


「性器や乳首そのものがエロいんじゃなくて、それを見て触れて性的に興奮する感性」がエロいのであって、つまりエロは「人の頭の中から生まれる」っていうことを、AV監督の村西とおるが言ってたのを思い出した。

性器や乳首は「体の一部」でしか無く、「指先」や「耳たぶ」等と大して変わらない。

そして人は「個々のフェティシズム」によりどの部位に対してでも性的興奮を覚える事ができる、極めて高度な感受性を有した知的生命体だ。

故に、性器や乳首を隠すことに、実は大した意味は無いでは?とぼくも常々思っていた。

それどころか寧ろエロティシズムの根源って、「隠蔽」によって生じる「その奥を見たい・暴きたい」という欲求そのものですらある。

例えば「パンチラ」がいい例ではないだろうか。というのも、我々はパンツそのものが見たいのではないからだ。

 男がパンチラで興奮する理由は、それが本来的に
 「恥じらいを持って隠されているもの」だから


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男がパンチラで興奮する理由は、普段は隠蔽されている「見えそうで見えないもの」に興奮しているのであって、パンツそのものに興奮しているわけではないのだ。

そしてその隠蔽という行為の根源が、「女性の恥じらい」に起因するものであるが故に、男的本能を刺激され、「恥じらいを持って隠蔽されているものを見たい」という欲求となるのだ。

登山家が山に登る理由として「そこに山があるから」と答えるのと一緒で、人間なら誰しも「禁止されるとやりたくなる / 隠されるとめくって中を覗きたくなる」というのが、本能的欲求として誰もが持っているものだと思う。

パンチラやモザイクの奥を見たいという欲求とは、つまりはそういうことで、「恥じらい」がエロティシズムを生み出しているのだ。

つまり「エロいから隠す」のではなく「隠すからエロくなる」のだ。

同じ裸婦でも、ヌーディストビーチやヌードデッサン・彫刻等にはエロさを感じなくとも、布一枚だけで必死に乳首や局部を隠そうとするその姿がエロく見え、男的本能を刺激するのは正にそうした理由だろう。

 結論


「モザイクが性欲とその想像力を刺激する」

以上です。


※画像引用元 
 http://gazoucenter.blog.fc2.com/
 
 

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