菱の崩壊
木村 勝美
かや書房
2017-09-13



いまいち。

とは言え、とても今年80歳になる人とは思えないくらいのわかりやすい文章なので、文章自体は非常に上手な「読ませる文章」だとは思う。

でも、これまでに数冊山口組関連の本を見てきているということもあり、抗争に関するエピソードとか、ぼく自身がちょっと飽きてきちゃったこともあって、ちょっと退屈だった。

とはいえ、分裂の原因については、どちらかと言うと「六代目寄り」な書き方にも見えるんだけど、その部分については逆にちょっと面白いなと感じた。

というのも、これまでの関連書籍の中では、どちらに寄ることもなく一応中立的な立場から書かれている物が多かったけど、その場合であっても、どちらかと言うと六代目側の所謂「弘道会方式」に対して批判的な視点を持つものが多かった。

このため、結果「神戸側」に寄った意見が多いという印象だったのだけど、本書での序盤については、割と六代目寄りな視点だったため、本件に関する新たな一面も垣間見えた気がして、その点については面白かったと思う。

特にP44「六代目山口組が唱える正当性」についての、ある組員の言葉を聞くと、六代目が神戸側を「分裂ではなく【謀反】である」としている理由について、非常に納得感があった。

というのも、84年~89年にかけて勃発した「山一抗争(山口組 VS 一和会)」も、要するに山口組の「四代目」を巡る跡目争いが火種となった内部抗争なわけだけど、その時は「四代目の盃は飲めない」という理由で飛び出した連中が「一和会」を結成した。これは「分裂」であると。

ところが今回の件は、六代目司忍組長の盃を一度は飲んだものが、その盃を返すことなく「勝手に出ていった」というところから、六代目側は「分裂」ではなく「謀反」であるとしており、それがそのまま「破門・絶縁」という処分に繋がっていると。

確かに「盃事」は極道における絶対的なルールとして存在しているわけで、今まで「極道」として組の看板を背負ってその世界のルールの中で生きてきたはずなのだから、これについては六代目側のほうが話としても極道としても、「筋」が通っていると言える。

※今、ここまで書いて思い出したけど、そう言えばこちらについては、過去に読んだこちらの本でも書かれていた気がする。

※関連過去ログ
 http://blogrider.tokyo/archives/13814099.html

何れにせよ、現時点でまだ抗争は継続中なので、今後も定期的に山口組関連の情報をチェックしようとは思う。

 
 

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