前回、下記エントリにて、自分が知らない間にいつの間にかトレンドを先どっていた、ということについて書きました。

※関連過去ログ
http://blogrider.tokyo/archives/17584783.html

ここで取り上げたラジオを聞きつつ、この記事を書いて思ったことについて書いてみたら、どえらい長文になってしまいました。

なのでお暇な方だけどうぞ。

 人気コンテンツの「選択肢」が広がる楽しみ

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今回ぼくは「個人的に好きなものが、実は世界で今話題になっている」という世間の動きを全く知らない状態でそれを掴んでいたわけなんだけど、でもそれって実は結構面白いこと・素敵なことなんじゃないかなと思ったんですよね。

というのも、昔だったら「流行」って、「自ら発信する側」あるいは「その業界関係者」でない限りは、基本追従する形だった訳じゃないですか。つまり流行とは、大半の人にとっては「追いかけるもの」っていう意味で。

ところが今は、インターネット――ましてやYouTubeの場合、世界のどこの誰かが作ったのかもわからないコンテンツにでも簡単に触れることが出来るようになっているじゃないですか。圧倒的に触れる機会が増えたというか。

なので、世の中的には「選択肢が結構増えた状態」だと思っていて、これってぼくがものすごく理想的だなあと思っていた現象に近づいていってるんですよね。

ニコ動やYouTube出身の歌い手とかタレントとかが今増えていて、それがもはや当たり前になりつつあるというところなんか特にそう感じるんですよ。


 でも、人気コンテンツは結局集約化されている現状

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まあ、ネット発で人気コンテンツが増えるという現象それ自体は大いに結構なんですよ。

ただ、よくも悪く素人同然のレベルの人間が、チャンネル登録者やフォロワー数10万人超えとかもまた、珍しくも何でもなくなってきましたよね。

だからこそ、それはそれでそういう低クオリティなものは、「ちゃんと淘汰」されないとだめだとも思うんですよ。で、最後にはちゃんと才能のある人だけが残るっていう風になればいいと思うんです。

しかしながら現在の(旧来の)システムだと、結局「見つけてもらえた人」や「アクセス数を集められた人」が結果を残しお金を稼ぎ、認められてしまうんですよね。

だからそこに「不平等感」や「不健全感」といった納得のいかなさを感じる人もいるんだと思うんですよ。(ま、それも含めての実力と言われればそれまでなんですが)

けど、こうした形で今よりも、もっともっと世の中の様々なものが、インターネット本来の特性を活かし、簡単に見つけてもらえて触れられるようになれば、そこで「選択肢が増える」ので、ネット視聴者のリテラシーも自ずと高まると思うんですよね。

いまの一般的なネット視聴者のリテラシーは、言っちゃ悪いけどTV視聴者と同レベルだと思う。つまり、めちゃくちゃ低レベルってこと。「TVがつまらなくなった」とか言われて久しいけど、ネット上のコンテンツだって、ぶっちゃけ大して変わらないですよ。

というか、そもそも論として受け手側がメディアをつまらなくするんでしょって話。

ただ、ネット上は幸いにもTVと違って「選択肢が多い状況」なので、ぼくみたいにネット歴の長い人やリテラシーの高い人、センスのいい人なんかはちゃんと取捨選択はできている。

なので現状は、選択肢の「分母の数」は多いけど、所謂「一般層」というか「ライトユーザー」というか「人が多く集まっているところ」は限られてしまっていて、「人気コンテンツの選択肢」があまりにも少なすぎるという状況なんですよね。

※まあこれ、「みんながそうしているから私も」的な国民性由来によるところが大半だと思うので仕方ないんでしょうけど。

でもそうじゃなくて、もっともっとトレンドそのものの選択肢が増えて、人気コンテンツやそのジャンルが今よりも、もっともっと分散化・多様化されるのが、最も望ましい姿なのではないかとぼくは考えるわけです。

というか、極論を言っちゃえば「誰が一番か」なんてのを決める必要さえ無いと思うんですよ。「面白いもの」を集約する必要なんて無いじゃないですか。

何故、1つだけでなくてはいけないのか。
何故、「トレンドは無数にある」という状況じゃだめなのか、って話ですよ。

 

 日本人に必要なのは「ランキング思考」からの脱却
 ⇒価値観の多様化の流れ

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誤解してほしくないのは、競争原理の概念は、「市場」においてはもちろん必要だと思うんです。

しかし、少なくとも「コンテンツやその価値観の共有」という場においては不要というか、どうでもいい情報じゃないですかね?って話で。

何が言いたいかって言うと、所謂「ランキング」って本当にどうでもいい無駄な情報だと思うんですよね。「誰がどれくらい売れたか」って別にどうでも良くないですか?

でも大半の人はそうは思わないんでしょうね。売れているもの・流行っているものを拾っておけばとりあえず「間違いはない」って思ってる。それ以外のものでハズレを引きたくないから。

けど、だからこそ、トレンドは分散されてたほうがいいって話なんですけどね。そこを理解できていない人があまりにも多い。

何でもかんでもランキング化されちゃってて、受け手側が思考停止していて、自分の趣味・娯楽にさえ主体性がないように思えてならないんですよ。先述した「皆がそうしているから私も」っていうやつね。

ぼくは個人的にこういう人達が大嫌いなので、言葉を選ばずにブッた斬りますけど、結局なんでこういう人たちが多いのかって言うと「どいつもこいつも低能で情弱だから」という一言に尽きると思うんですね。

で、いまのJ-POPを始めとするあらゆるトレンドが、悲しいかなこうした人達によって支えられてしまっているんですよね。割合としてそうした人たちが一番多いもんだから。

だからこそ、前回取り上げた「Lo-fi HIPHOP」みたいに、もっともっと「あらゆる価値観そのもの」がインターネット発で、何の柵もなく自由に世に放たれるべきだと、つくづく思ったんですよね。

 まとめ

思えば「日本」という国自体が地理的にも視野的にも「狭いな」と感じる。

その最好例が所謂「都市」と呼ばれるところに現れていると思っていて、日本の中で発展的な都市というと「東京・大阪・名古屋」がありますけど、殊、東京と大阪に至ってはその面積が47都道府県の中でも最も低い方に入っているわけじゃないですか。(東京45位・大阪46位)

歴史的背景は別にしても、47も都道府県があるのに、「都会」と呼ばれるところがあまりにも集約されすぎてる上によりにもよって「狭いところ」に限ってって話なんですよね。

で、その中でも東京に至っては、東京自体が非常に小さいのに、その中でも本当に都市機能として栄えているのは東側の23区の更に幾つかの区画だけ、という有様じゃないですか。

なんていうか、物理的にも視野的にも、もっともっと拡がっていくべきだと思いません?ま、もちろん限界があるのはわかりますけど。

そう考えると、今深刻な「少子高齢化」っていうのも、突き詰めていくとこういうところにも原因があるのかなって思えちゃうんですよね。

まとめと言いつつ、言いたいことがうまくまとめられないんですが、要するに何が言いたいかって言うと、折角インターネットという無限の可能性を秘めた便利なものがあるのに、結局我々日本人は広大な宇宙の中の狭い範囲しか扱いきれていないなーってことなんですよ。

で、しかもそれって、「視野が狭いゆえ」っていうところに起因している気がするので、やっぱり結局は「メディアリテラシー」を始めとするあらゆるものに対するリテラシーを高めないとダメだよねって話なのかなという気がしてきました。

少なくともぼくは、自分の中から偏見とか取っ払いつつ、世間の流行に流されることなく、ネットの海を泳いでいきたいなと改めて強く思った次第です。

 
 

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