ファミコンに育てられた男
フジタ
双葉社
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むちゃくちゃ面白かった。


プロローグ

まず、プロローグからかなりヘヴィーな話で驚いた。

以前、彼のYouTube動画で、彼自身が生い立ちとか幼少期の頃の話をほんの少しだけしているのを見たことがあったので、そこで「あ、結構複雑な家庭事情とかで重たい人生を歩んできた人なんだな」という想像はついていた。

だがそれが想像以上だったので、彼のことを表面的にしか知らない人が読んだらドン引きするだろうと思う。

本編

プロローグは非常に重たい話だったが、本編については、基本的にファミコンの具体的なタイトルと共に、そこにまつわる思い出を4Pほどで語っていくスタイル。

このあたりは非常に軽いタッチで書かれており、また、幼少期の頃の思い出も誰しもが体験してきたような楽しい思い出として書かれており、楽しんでサクサクと読める。

そんな中でも「ボンバーマン」の項で、このゲームにも正にそうした「ゆとり教育の弊害」のようなものがあるとした上で、彼の「ゆとり教育」についての見解が真理を突いている気がして非常に興味深かったので、そこを引用したい。

勉強しなければならない内容が簡単になったとか、履修範囲が減ったというのがゆとりなんじゃなくて、「自分は恵まれた環境にいる」ということを自覚できない世代が本当のゆとりなんじゃないですかね。

なるほどと思った。

そしてその上で、ゲームの内容に絡めて「ボンバーマンはマックスの強さをまとったときが一番もろい」と言っている。

というのも、炎に当たっても大丈夫だわ、壁も貫通できるわ、爆弾も10個以上置けるわで、敵に接触さえしなければ死なない「半無敵状態」だけど、だからこそそこに油断やスキが生じる。

そして、そういう人ほど「いざという時に弱い」とのこと。なるほど。確かにそれは言えてると思う。

ゲームに学んだ人から学んだ

正に本のタイトルにある通り、孤独な状況の中だからこそ、「ファミコン(ゲーム)」というものを通して、様々なことを学んできた彼の人生訓というものが、本編の随所から垣間見えた。

そして、それを象徴する非常に印象的だった一言がこちら。

「ゲームにクソゲーはあっても、人生にクソ人生はない」

これは彼だからこそ、説得力のある言葉だと思う。その後にも「人生はリセットできませんが、再挑戦のコンティニューならいつだって出来るんです」とも語っている。

プロローグに書かれていた、普通なら完全に人格が歪んでしまいかねないトラウマがあるにもかかわらず、「ゲーム」にアイデンティティを見出し、そこから多くを学んで、あまつさえ人を楽しませる側に回っているって、すごいことだと思う。

ぼくはこれを読んだことで、「ゲームに育てられ人生を学んだ人から、学びを得た」という事に気づいた。

多分、彼がこの本で一番言いたかったことって、この部分なんだと思う。

その他コラム

各ゲームタイトル毎のエピソードの他に2Pのコラムとして以下のものがある。

・フジタ的「これは絶対クソゲー!!ランキングWORST5
・フジタ的「文句なしの神ゲー」ランキングBEST5
・フジタ的 これはおかしい!!「もっと評価されていいゲー」ランキング

2Pずつのコラムなので、各タイトルについてそこまで字数が割かれておらず、それこそ往年のファミコン雑誌のレビューを思わせるような切り口で語られているところが逆に面白くて、正直言うと本編よりもこっちのほうが面白いとさえ感じた。

まとめ

惜しむらくはエピローグで再び重たい話が出てきて、せっかくそれまで笑える感じで読んでいたのに、また重たい気分にさせられてしまうところが、本の作りとして少々残念だった感が否めない。(そこだけページの背景色が黒だったこともあり余計に)

なんというか、このあたりは、本の方向性として最初に定めておくべきところというか、ドキュメンタリーならドキュメンタリー、コラム・エッセイならコラム・エッセイに寄せると言った感じで、どっちかにしてほしかったなと。

とは言え、ページ数も200P足らずということもあるし、本編が非常に軽いタッチで書かれているので、前エントリで紹介した「高橋名人のゲーム35年史」同様、同世代・ドンピシャ世代でゲームタイトルを知っている人なら楽しめる本だと思う。

一気読みで、1日で読んでしまった。おすすめです。

※関連過去ログ
 高橋名人のゲーム35年史 - 高橋名人

■EDIT