■Netflix版「聖闘士星矢」で“アンドロメダ星座の瞬”が女性化 ファンの批判に脚本家「全員男性には違和感」■
2018年12月11日 11時20分 公開 - ねとらぼ

Netflixで2019年夏配信予定の聖闘士星矢シリーズ最新作「聖闘士星矢: Knights of the Zodiac」で主要キャラクターの“アンドロメダ星座の瞬”の性別が女性に変更され、ファンに動揺が走っています。

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まさかの女性化


ティーザー予告が公開されたのは12月8日。YouTubeに投稿された公式予告編には高評価が5427件、低評価が8210件寄せられており(12月11日10時50分現在)、まさに賛否両論といった様相。コメント欄では「たのむよNetflix……瞬は女じゃない」「なんてこった!」「原作へのリスペクトが感じられない」など、否定的な意見が目立ちます。

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こういう大胆なアレンジに対する批判として「原作への愛やリスペクトが感じられない」とかいうやつマジで嫌いだし、何より「お前が一番わかってねーだろ」って話。

二次創作や大胆なアレンジってのは原作へのリスペクトと深い愛があるからこそ生まれるんだっての。表面的に同じことなぞるだけなら素人でもできるわ。

そもそも原作を忠実になぞるリメイクやカバーやトリビュートに何の意味があるんだよ。それがわからないやつって本当に頭が悪いというかリテラシーがないと言わざるをえない。

まじで、原作厨に小一時間問い詰めたいんだけど、元ネタと同じことやらしてどーすんの?何の意味があるの?

いや、「原作原理主義」が悪いとは言わないよ。でも結局それって言いかえれば「原作以外は認めん!」ってことでしょ?なら、原作だけ観てればいいだけの話なんだから、別の人が作ったカバーや二次創作にいちいちケチをつける必要なんて無いだろうが。

別の人が作ってるんだから別のものになるのは当たり前の話だし、むしろそうじゃなきゃ別の人が作る意味がないだろっての。本家超えられるわけないんだから。

要するに受け手側にクリエイティビティーやセンスがないんだよね。だから変化を受け入れることができない。

第一、リスペクトに基づくリメイクやトリビュートやカバーや二次創作の本分は「壊すこと」にほかならない。

つまり、リスペクトしていると言いながら、本家と全く同じことをやることは、逆に「本家の作者に対して失礼極まりない愚行」なわけだよ。だから、瞬を女性化するっていうのは、ぼくは非常に有意義なアレンジだと思っているし、むしろ原作への愛を感じる。

なので、もしこの作品を批評するなら、「女性化するなら瞬よりもむしろ紫龍とか氷河だろ!」とか、「女性化したのはいいけど、せっかく改変した設定を活かしきれていない」とか、そういうものであるべきなんだよ。

要は、「1個の作品として面白かったかどうか」であったり「改変した意図や意義を作品から汲み取り読み解いた上での批評」でなければ意味がない。

けど、リメイクの意義や本質をまるで理解できていないから、件の意見については、残念ながら批評にすら達していない。だから、この脚本家はいちいちリプなんて返す必要はなかったわけだ。

批評にすら達していない低レベルな意見になんて、聞く耳を持つ必要など無い。時間の無駄だ。

■EDIT