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「孤独からのサルベージ」〜通り魔の言う「自分も死のうと思った」はほぼ100%実行されない説。

■広島2人死傷:通り魔か 「殺して自分も死のうと思った」■

毎日新聞 - 2018年1月15日 12時53分(最終更新 1月15日 17時04分)

 

広島市安佐北区の路上で14日夜、男性2人が刃物で襲われて死傷した事件で、広島県警は15日未明、同区可部3、無職、高橋豪容疑者(33)を殺人と殺人未遂の容疑で緊急逮捕した。県警は事件から約1時間半後にJR広島駅付近で高橋容疑者の身柄を確保。「間違いありません。殺して自分も死のうと思った」などと容疑を認めているという。高橋容疑者は2人と面識がないとみられる。現場から複数の刃物も見つかっており、県警は無差別に他人を狙った通り魔的な事件とみて調べている。


事件は同区可部5で14日午後10時15分ごろに発生。県警によると、バス停付近でバスを待っていた同区三入東1の座山則男さん(75)が腹部を刺され、搬送先の病院で死亡し、男子大学生(20)が背中を刺されて軽傷を負った。大学生、座山さんの順に刃物で刺されたという。


現場で血の付いた刃物が見つかったほか、複数の刃物が入ったかばんも発見された。大学生は高橋容疑者について「知らない。いきなり刺された」と話しており、座山さんも高橋容疑者と面識がないという。

 

※続きはリンク先で

 


 

通り魔の言う「自分も死のうと思った」はほぼ100で実行されることって無いよね。それで実際死んだっていう人を見たことがない。ま、通り魔殺人なんて、このご時世ちょいちょい起きてるから、中にはそういうのもあって、ぼくが知らないだけなのかもしれないけど。

 

でも、最終的に自分が死ぬことが目的であるなら他人を殺す必要なんて無いわけだからねえ。つまり目的は自殺ではなく殺人。抑えきれない殺人衝動に理由がないから、無理やり理由付けすることで「少なくとも自分にとって意味のある行動だった」と安心したいだけなんだろう。

 

生きていく上で「思考」を放棄したまま大人になって、「自分は何も持ってない、何者でもない空っぽな人間である」ということに気付いてしまい、思考放棄したまま、その焦燥が社会に対する怒りという責任転嫁に変わり、衝動だけ先走ってバーストしたってところだろうな。

 

大体こういう人って勝手なイメージだけど、


・親がダメ親
・友だちがいない
・話し相手も居ない
・そのくせ没頭できる趣味もない


って言う人な気がする。ホント勝手なイメージだけど、今までの通り魔殺人犯って、概ねこんな感じじゃないか?

 

没頭できる趣味がある人なら、ここまで暴走はしないと思うし、話し相手も居ないからこそ、趣味でストレス解消も出来なければ、鬱積したストレスや行き場のない焦燥や感情を、どこにも誰にもぶつけられず、誰にも自分の思いの丈を聞いてもらえない。

 

結果、自我の中のそうした答えのない行き場のない感情は、自己完結せざるを得なくなって、理性を失った思考回路でたどり着いた答えが「通り魔」などという凶行に出るんだろうなと思う。で、焦燥も燃え尽きて灰になっているから「死のうと思った」って言ってんだろうな。

 

で、最後の最後、死ぬ間際になって「やっぱり死にたくない!」って叫ぶんじゃないかなって気がする。要するに、彼らは「孤独からのサルベージ」を求めていて、その時になってようやく気づくんじゃないか。自分と向き合うことが怖くてしょうがないんだろうな。

 

 

まあ、ぼくは多分そこまで壊れないと思う。

 

何故ならば、言いたいことの殆どは、このブログに喋らせているし、少しの友人にも恵まれているし、何よりブログも含めて趣味もあるし、これからやりたいことが多すぎて困ってるくらいだし。

 

変なこと考えているヒマなんてないのである。

 

 

 

 

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