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【×年前の今日】GLAY - Yes,Summerdays(6th SINGLE)

 

GLAY - Yes,Summerdays(6th SINGLE)

1995/08/09リリース

 


 

23年前の今日リリース。

 

この曲は、ぼくが好きなGLAYの数少ないアルバム「BEAT out!」に収録されている先行シングル。初めて聞いたときは別になんとも思わなかったけど、アルバムの流れで聞いたのと、カラオケで歌っているうちに好きになった曲。

 

そう、この曲をカラオケで歌ったことのある人ならわかると思うけど、とにかく「ヴォーカリスト泣かせ」という意味で大変なのである。

 

おそらくバイオリンとかのピチカートによる、切なさの漂うアルペジオによるイントロを経て、バスドラの4つ打ち+ハイハット、ベース、ギターによる8部刻みを土台に幕を開けるAメロは、いわゆるV系ビートロックの王道パターンとも言えるアプローチで、この部分については、割と低音で落ち着いたところではある。

 

だが、そこからのBメロを挟んでサビに入った途端、地獄を見ることになる。

 

と言うのも、サビはキーが高い上に、ブレス(息継ぎ)するポイントが少ないため、高いキーを出すことを意識しすぎるとブレスできなくて崩れるし、ブレスのタイミングにビビっていると、高いキーがちゃんと出せずフラットになったり、そもそものリズムキープ自体も覚束なくなるので鬼門なのである。

 

なので、背筋を伸ばしてちゃんとお腹から声を出さないとかっこよく歌えない、結構難易度の高い曲なのである。これは、間違いなく上手い人じゃないと歌いこなせない。

 

当時これをかっこよく歌いたくて、カラオケ行く度に歌ってた事があるのを思い出した。しつこく歌ってると、結構歌えるようになるもんですね。

 

最近、カラオケ行ってないなあ。

 

 

初期のB'zを久々に聞いてみた。

【PV】B'z『HOT FASHION -流行過多-』【FILM RISKY】

 

懐かしい。

 

このブログでは主に、国内の音楽だと、80年台後半からの第二次バンドブーム関連や、その頃のビートロック系のバンドやV系なんかを中心に扱ってきていて、J-POPど真ん中な感じのものは扱っていないんだけど、でも実はこの時代のB'zって結構好きだったりする。

 

この時代のB'zというのは、厳密に言うと、ギターの松本孝弘がYAMAHAのギターを使用していた頃で、レスポールを持ち始めて完全にロック志向になってからは全く興味がなくなった。

 

話を戻してこの頃のB'zなんだけど、ぼくが初期のB'zを好きだった理由としては「TM NETWORKっぽかったから」というのがあって、実際ギターの松本さんはその昔、TM NETWORKのサポートギタリストだったこともあり、初期のB'zのサウンドメイキングにおいて、小室哲哉の影響を強く受けている旨の発言もしている。

 

そんな中、この曲が収録されている彼らの4th ALBUM「RISKY」は、アラフォー・アラフィフ世代にとっては名盤と言われていて、90年代前半特有のミドルスクール感を彷彿とさせる「タイトなビートによるダンサブルなサウンドに、ディストーションの力強いギター」は、後のビーイング系の道標として大きな影響を与えているのが特徴。

 

でも実は僕がB'zで一番好きなのは「WICKED BEAT」というミニアルバムで、このアルバムは、これまでのB'zのシングルのうち何曲かを、全て英詞に変えリミックスしたアルバムで、高校生くらいの頃に死ぬほど聞きまくって、当時英語の意味なんかも全然わからないのに、そらで歌えるレベルにはなっていた。

 

思えばこのアルバムがキッカケで、英語の曲を歌うコツみたいなものを掴んだ気がする。

 

 

 

【×年前の今日】今井美樹 - Bluebird(9th SINGLE)

1993/07/28リリース

 

この「×年前の今日シリーズ」は、基本、そのネタ元が90年代ヴィジュアル系botというTwitterであることから、V系中心のラインナップなんだけど、ちょっとひねりたくていつもとは異なるジャンルのものを探してみた結果、これがヒットしたので、ちょっと書いてみる。

 

このシングルは、今井美樹の夫「布袋寅泰」が、初めて彼女をプロデュースした時の楽曲で、当時J-POPにはほとんど興味がなかったのに、「布袋による楽曲提供&プロデュース」ってことで興味を持ったのが最初だったと思うが、単純に曲がいい曲だったので購入した覚えがある。中古だったとは思うが。

 

7thシングルの「BLUE MOON BLUE」と8thシングルの「PIECE OF MY WISH」でも感じていたんだけど、モデル出身の女優さんとは思えないくらい、歌が上手すぎてびっくりする。

 

女性シンガーで上手い人って言うと、所謂ブラックよりな「太くて力強い歌声」を思い浮かべがちだけど、彼女の場合、非常に透明感のある透き通ったきれいな歌声。

 

どうやら、中学時代にはユーミンこと「松任谷由実」にハマって、ピアノで弾き語りなんかをやっていたらしいので、音楽的な素養はもともとあったみたいですね。しかもユーミンをピアノ弾き語りするくらいなので、きっと音楽的な趣向も、そのあたりを始めとするAORだったんだろうなということは容易に想像ができるところ。

 

実際、「BLUE MOON BLUE」はジャズボーカルって感じだけど、そこからこのBluebirdまでの流れを見ると、完全にAORの人という感じが強く出ている。

 

で、このBluebirdなんだけど、AORのでありながら、ちゃんと布袋らしさも出てるし、ぼくはすごくこの曲好きですね。ギターソロとかもあまり前に出過ぎてないところがまたいい。

 

久々に聞いたけど、何故か、全く古さを感じない事に驚いた。25年前ってのが信じられない。

 

 

【×年前の今日】D-SHADE - ENDLESS LOVE(3rd SINGLE)

1998/07/15リリース

 

20年前の昨日リリース。

 

このブログでは多分1回も彼らの名前を出したことはないかもしれないけど、何気に一時期結構好きだったバンド。90年代後半の「第二次ヴィジュアル系バンドブーム」から出てきた、ヴィジュアル系ビートロックバンド。

 

けど、その実態は単に、D'ERLANGERやBODY、CRAZEといった、瀧川一郎系ビートロックを下敷きにし、フレーズやメロをちょろっと変えただけで、作り方そのものは完全に「マネ」をしていて、一部からは「パクリ」と揶揄されることも多かった。

 

実際、ぼくは好きでよく聞いていたし、正にその時期にバンドをやっていたので、多少なりとも影響を受けていた部分もあったけど、それでも、いくらなんでも真似し過ぎだよなとも思ってもいたし、歌詞に至っては、所謂「瀧川系」の楽曲に頻出しがちなワードを抽出し、いい感じに組み合わせただけの、中身もなにもないスッカスカな歌詞だった。

 

故に、このバンドが長続きしないことなんてのは最初から明白だった。所詮彼らは、ブームによってピックアップされ、その勢いに乗ってメジャーデビューしたに過ぎないのだ。

 

でも、それでも、彼らの勢いや、とんがってる感じや、ギターのリフの刻み方なんかはあからさまな真似だとわかっていても、つい聞いてしまう何かがあった。

 

とは言え、メジャーデビューアルバムは、そうした瀧川系サウンドの模倣の他「ラルクっぽいイントロ曲」とか「LUNA SEAっぽい曲」なんかも織り交ぜてくるようになり、明らかにインディーズのときよりそうした模倣職が強まってしまい、かえって質が下がったため、ほとんど聞かなくなった。

 

まあ、消えるべくして消えたバンドって感じですかね。「ENDLESS LOVE」と言うタイトルも、最早アイロニー。

 

【×年前の今日】Sleep My Dear - Ø [phi] 〜幾千の記憶〜

Sleep My Dear - Ø [phi] 〜幾千の記憶〜

1996/07/08リリース

メジャー4th、もしくは5thシングル

 


 

22年前の今日リリースされたシングル(画像はアルバムジャケット)

 

このバンドについてはこの曲しか知らないので、別段好きなバンドというわけではないんだけど、でもこの曲は非常に好き。バンド始めたての頃に出会った曲ということもあり、割と参考にさせてもらっていた。

 

「ヴィジュアル系」と言う言葉があるが、これは当然のことながら、音楽的なジャンルを示す言葉ではなく、音楽ジャンルとは別のカテゴライズであり、そこに括られているバンドのジャンルは、年代ごとのトレンドはあれど、多種多様だ。

 

そんな中でのこの曲は、いわゆるハイテンポのシンコペーション8ビートで、この時代の多くのV系バンドの王道的アプローチの楽曲であることが特徴的だなんだけど、22年経った今でも「V系」というとこの曲がまっさきに頭に思い浮かぶくらい、この曲はV系の王道路線というものを体現している気がする。

 

ただ、それにしても歌が下手くそすぎw あまりに下手過ぎて微笑ましくなる。まあそういうところも含めて「ザ・V系」な曲なんだと思う。

 

 

氷室京介 - NATIVE STRANGER

■氷室京介- NATIVE STRANGER 歌詞

発売日:1997/06/04(15th SINGLE)

 

 

21年前の今日リリースされたシングル。

 

ボクシング好きの人には、元WBA世界ライト級王者である畑山隆則の入場曲としておなじみだと思う。(ホントはPVを埋め込もうかと思ったけど、このライブ映像があまりにもかっこよすぎるため、こっちにした)

 

氷室が、居住及び活動拠点をLAに移した最初のアルバムである、7th ALBUM「I・DE・A」は、これまでの氷室とは一線を画すものとなっており、氷室ヒストリーを語る上において間違いなく「I・DE・A以前 / 以後」という区分が出来るくらい、氷室京介にとっての明確なターニングポイントとなったアルバムなわけだけど、この曲はそれを象徴する狼煙のような先行シングルとしてリリースされている。

 

前作のアルバム「MISSING PIECE」が、限りなくAORに近いサウンドであったことからから、サウンド面での反動が極めて大きく、同じビートロック路線の楽曲でも、前作アルバムのシングル曲「STAY」と比較しても、音の厚さや重みが全く異なるのが大きな特徴と言える。

 

また、ギターに「スティーブ・スティーブンス」を迎えて制作されていることもあって、そうしたギターサウンド、ひいてはバンドサウンドの重厚化が顕著になり始めたのが正にこの頃からだった。

 

だが実をいうと、ぼくは当初この曲はそんなに好きではなかったんだけど、やはりLIVEで体験してから俄然印象が変わった。

 

「血湧き肉躍る」とは正にこのことで、大きな会場でこの曲が大音量で流れると、居ても立ってもいられなくなるような強い衝動が湧き上がってくる、そんな曲。畑山隆則が、この曲を入場曲として選定したのもうなずける。

 

畑山隆則のベストバウトに数えられる、2000年10月11日のWBA世界ライト級王座防衛戦における「対 坂本博之戦」の時にも確か流していたと思うんだけど、この入場シーンでの畑山とNATIVE STRANGERが兎に角かっこよすぎた。

 

PVの印象も相まって、兎に角「汗臭さ・泥臭さ・男臭さ」といった三拍子が揃った、これまでの氷室にはなかった、力強いロックチューンとなっているということが、こうした場面に非常にマッチしているんだと思う。

 

また、この曲は基本、LIVEの中ではハイライトというか、終盤で出てくることが多いのだけど、いまから丁度10年前、20周年のアニバーサリーライブの時にはこの曲が1曲目に来て、大いにボルテージが上がった。

 

あの当時の氷室のライブはどれも名ライブ過ぎて、どれも神がかってた。もう、あのようなライブが見られないというのは、やはり少し寂しいものですね。

 

 

「4月21日」は音楽CDリリースラッシュな日。その2:1991〜1994

●1991年

 

LUNA SEA - LUNA SEA(Extasy Record)

※1991年4月21日リリース

(リンク先では「1995/01/01」となってますがこれはおそらく再発盤)

 

27年前のリリース。メンバーが1970年と1969年生まれなので、各人が21〜22歳のときの音源。

 

ちなみにバンド結成自体はXがメジャーデビューした1989年で、そのXのYOSHIKIが興したレーベル「Extasy Record」よりリリースしている。

 

若さゆえの滾るような情熱と衝動のみによって造られているアルバム。でもその中に「静寂」や「知性」などが垣間見えるあたり、いまのLUNA SEAを形成している要素も、この時には既にちゃん出来上がっており、原点にして集大成とも言えるアルバムに仕上がっている。

 

これも単独でレビューを書きたいので、これ以上はやめておこう。

 

●1992年(該当なし)

 

1992年については、どういう訳かいくら調べてもCDリリースされている形跡が一切見当たらなかった。恐らく土日だったのでしょうね。

 

※昔はCDは基本「水曜日発売(火曜日フラゲ可)」なのです。最近世界中で「金曜日」に統一されたらしいですけど、詳しいことは知りません。

 

なぜ、水曜日発売かというと「オリコン集計のタイミングとの兼ね合い」だそうです。

 

※月曜発売にしちゃうと、土日は配送がされず「金曜入荷」となり「土日フラゲ」が可能になるが、これだとオリコンの集計が「日曜から月曜日まで」なので、ランキング反映に不利になるという理由から、最も支障の出にくい「水曜日」に統一されたみたいです。

 

 

●1993年

 

で、明けて1993年がこちら。

 

LUNA SEA - EDEN

※1993年4月21日リリース

 

またしてもLUNA SEA。インディーズから2年後、メジャー2ndです。

 

このアルバムは前作・前前作と比べるとめちゃくちゃPOPな仕上がりになっていて、歌詞カード内のメンバーの写真についても、全員が白い衣装を身にまとっていたりして、音的にもビジュアル的にも「それまで構築してきたLUNA SEA像を破壊する」という新たな試みをしているのが大きな特徴。

 

そしてメジャー2ndのタイミングにしてようやく1stシングルとなる「BELIEVE」を先行シングルとしてリリースしてます。因みにこのアルバムの他のシングル曲だと「IN MY DREAM(with shiver)」がある。

 

他のアーティストの同日リリースだと、ZARDの「君がいない」なんかがあるけど、それ以外は特に目立った楽曲はないので、割愛。

 

 

●1994年

 

TMN - Nights of The knife

※1994年4月21日リリース

 

Amazonでいくら検索しても、なかなか当時のシングルがHITしないなと思ったら、当時はTM NETWORKではなく「TMN」だったことをすっかり忘れていた。たしかこれはTMNとしてのラストシングルだったと思う。で、この後、05/18と05/19の2日間に渡って、東京ドームで2daysのLIVEをおこなっている。

 

でもこの解散からわずか5年後に活動再開して、その後、小室哲哉の逮捕とかなんやかんやありつつも12年活動して、2015年に再び活動休止って流れだったみたいですね。

 

ぼくはぶっちゃけ再結成後については全く興味がなかったので、全然追ってないのだけど、やはりTMは「80年代」という時代に非常にマッチしていた音楽グループなんだと思う。

 

TM NETWORKについても今度じっくり語りたい。

 

ということで、キリが無くなるので、この辺で終わらせます。でもこの「×年前の今日リリースされたCD」っていうのについて語るの面白いので、シリーズ化したいなとは思ってる。

 

 

 

 

 

「4月21日」は音楽CDリリースラッシュな日。その1:1989〜1990

今でもそうなのかは知らないけど、昔は「4月21日」っておそらく1年で一番CDリリースが多い日なんじゃないかって、個人的に思ってた。

 

実際、この日に僕の好きなバンドたちがいろんなタイトルをリリースしているので、実際に時系列を追いながら紹介したい。

 

X(X JAPAN) - BLUE BLOOD(ALBUM)

※1989年4月21日リリース

 

このアルバムについては、何度か言及したこともあると思うので、詳細については割愛。てゆーかそれとは別に、今度ちゃんとしたレビューを単独記事で書きたい。

 

 

X(X JAPAN) - WEEK END(SINGLE):c/w ENDLESS RAIN(LIVE)

※1990年4月21日リリース

 

先述したメジャー1stであるBLUE BLOODからのシングルカットで、新録。でも個人的にはWEEK ENDはブルブラ版のほうが好き。ギターソロがかっこいいんだ。音は新録のほうが断然いい音だけども。

 

で、確かこのシングルは3rdだったと思うんだけど、2ndシングルが「ENDLESS RAIN」なのに、このシングルのカップリングが「ENDLESS RAIN(LIVE)」て。いや、ライブバージョンならいいかじゃねーぞって話。

 

でも2ndであるENDLESS RAINのカップリングである「X(LIVE)」は死ぬほどカッコいい。OPでのYOSHIKIによるジャングルビートから徐々に煽っていく感じが最高。

 

ちなみにWEEK ENDがリリースされたその日、全く同じ日に、PRINCESS PRINCESSが「OH YEAH!」っていうシングルを出してたのが何故か強く印象に残ってる。当時つるんでた友人がプリプリ大好きだったので。

 

PRINCESS PRINCESS - OH YEAH!(Single):c/w パパ

※1990年4月21日リリース

 

シングル「ダイアモンド」のリリース以降、順調にヒットと観客動員数を伸ばし続けているプリプリの、軽快なロックンロールナンバー。当時の第二次バンドブームと相まって、兎に角留まることを知らなかった、一番イケイケドンドンだった頃ではないかと思う。

 

で、その「ダイアモンド」がいつリリースされたかって言うと、これまた奇しくも前年の「4月21日」なんですねー。

 

PRINCESS PRINCESS - ダイアモンド(SINGLE):c/w M

※1989年4月21日リリース(XのBLUE BLOODと同日)

 

言わずとしれたプリプリの代表曲。彼女たちを一気にスターダムへと押し上げるきっかけとなった曲。で、このカップリングの「M」も同様に名曲として語り継がれ、色んな人の手によってカバーされている、いわゆる「ハチロク・ロッカ・バラード」の名曲。

 

ま、Xもプリプリも同じレコード会社(ソニー・ミュージック)ってこともあるんだけど、でもCDのリリースって実はあんまりそのへん関係なくて、どのレコード会社も、基本的には同じ日にリリースするのが通例だったりする。

 

まだちょっとしか書いてなくて、書きたいことの半分も書いてないのに、なんかちょっと長くなってきちゃったので、一旦ここで区切ります。第2弾を必ず書く!

 

黒夢 - 迷える百合達〜Romance of Scarlet〜

■黒夢 - 迷える百合達〜Romance of Scarlet〜■

 

24年前(1994年)の3月9日にリリースされた、黒夢のメジャー1stアルバム。24年ってすげーな。

 

黒夢は、特別好きなバンドというわけではなかったけど、初めて見た時のインパクトはそれなりに大きかった気がするし、実際、黒夢がその後のシーンに与えた影響はかなり大きい。間違いなく「黒夢以前、黒夢以降」という分け方ができると思う。

 

まず、ぼくの記憶が間違っていなければ、所謂「ヴィジュアル系」という言葉が生まれ始めたのは、ぼくは「黒夢キッカケ」なのではないかとさえ思っている。

 

よくV系の起源を「X JAPAN」って言う人達がいるけど、確かに「起源」ってことで言えばそうなんだが、それはあくまで概念的な話であって、黒夢前のバンド達(特に80年代後半の第二次バンドブーム近辺の化粧をしたバンド)に対してこの言葉が使われることはまだなかったし、まかり間違っても自分たちがそのように言うこともなかったのは間違いない。

 

では何故、Xが起源と言われるかというと、髪型・衣装・メイク全て音楽と連動させた上で「バンドコンセプトの1つ」ひいては「音楽の一部」としてヴィジュアル面を強く押し出して、バンドのキャッチコピーに「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」という文言を入れたことからそう言われている。※因みにその文言を考えたのは今は亡き「HIDE」。

 

つまり、それ以降のバンドにおいて、同様に「コンセプトを明確にしたヴィジュアルを持つバンド」に対して、Xという既成概念に重ねるようにして、音楽ライターやファンたちが「ヴィジュアル系」と括り始めたのである。※それ以前は「お化粧系」と言っていた。

 

そしてその最初期の先頭に居たのが「黒夢」ではないかと、ぼくは思っている。という話だ。すげー前置き長くなったけども。

 

で、黒夢がどう影響を与えたかって言うと、まず当時「漢字表記のバンド」って殆ど居なかったのだけど、黒夢以降、すごく増えた。あとはバンド名のみならず、各プレイヤーのステージネームの表記も「Vo.清春(キヨハル)、Bs.人時(ヒトキ)、Gt.臣(シン)」と、全員が漢字表記だった。

 

あと、「生きていた中絶児」やら「自閉症」やら、アルバムタイトルや曲名なんかもバンドの世界観にあわせてか、グロテスクかつ地下廃墟病棟的な血腥いアングラ感に満ち満ちていて、その後の「DIR EN GREY」らに多大な影響を与えているのは、広く知られている話だ。

 

しかしこのバンドの何がすごいって、それだけの強いこだわりを持っていながら、それをあっさり捨てたところだと思う。

 

メジャーデビューして、Gt.臣が脱退して徐々にポップにしながらJ-POPを痛烈に皮肉って、その後大胆なまでのパンク路線にシフトチェンジしてるってのが凄いと思った。

 

当時、このバンドがこんなにカリスマ性を持ったバンドになるだなんて、全く思ってなかった。好みが分かれるとは思うけど、凄いバンドだとは思う。

 

 

 

UNICORN - 大迷惑

■ユニコーン 『大迷惑』

 

5ヶ月ぶりの懐ロック。

 

日常生活の中で、ふと頭をよぎる曲ってあるじゃないですか。で、それが「今日の曲」みたいになって一日中ぐるぐる回り続けるみたいな。そんなここ数日のぼくの頭の中の曲、言わば「脳窓ソング」がコレ。

 

で、オリジナルを無性に聞きたくなって久々にこの動画を見たんだけど、奥田民生若えなwそしてドラムの川西は相変わらずロバートの秋山に似ている。

 

この曲は、キーボードがすごくいい仕事をしている曲だなあと思う。AメロBメロでコミカルな味付けをしているのに、サビでボーカルが畳み掛ける展開になると、ストリングスで、言っちゃえば無駄に壮大な感じというか、厳かな感じを出していて、そのギャップが非常に面白いと思う。

 

この曲を聞いて「いい曲だなあ」と思う理由って、正にこのサビのストリングスアレンジがこうなってるからなのかなと言う気がしている。それくらいこの曲の中での重要な位置を占めているというかなんというか。

 

ぼくは、所謂第二次バンドブーム世代というか、この時代のROCK&POPSが非常に好きではあるけど、ユニコーンが好きだったかというと、実はそんなでもないというか、言っちゃえばちゃんと知ってる曲なんてこれしかないし、CDもコレしか持ってなかった。何故か他の曲はイマイチ響いてこなかった。

 

ただ、このバンドがすごく人気だった理由には、こうした音楽的にバラエティに飛んでいた部分だったのかなという気がしてきた。

 

最初期の頃の「Maybe Blue」なんかは、この頃とはまた違って、ビートロック寄りなPOPSって感じで、他のバンドが新宿LOFTとかJAMとかリキッドルームで「ROCKやってます!」ってかんじでやってる中、こっちは原宿のRUIDOとか渋谷のラ・ママとかでやってそうというか。(完全にぼくの勝手なイメージです。実際はどうだったかは知りません)

 

でも、それこそキーボードが女性から阿部義晴に代わって、この大迷惑辺りになる頃には、正にこういった感じのコミカルかつ、音もちょっとロック寄りになってきたりしたことから、阿部義晴の影響が結構大きいのかなあなんて勝手に想像してる。

 

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