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UNICORN - 大迷惑

■ユニコーン 『大迷惑』

 

5ヶ月ぶりの懐ロック。

 

日常生活の中で、ふと頭をよぎる曲ってあるじゃないですか。で、それが「今日の曲」みたいになって一日中ぐるぐる回り続けるみたいな。そんなここ数日のぼくの頭の中の曲、言わば「脳窓ソング」がコレ。

 

で、オリジナルを無性に聞きたくなって久々にこの動画を見たんだけど、奥田民生若えなwそしてドラムの川西は相変わらずロバートの秋山に似ている。

 

この曲は、キーボードがすごくいい仕事をしている曲だなあと思う。AメロBメロでコミカルな味付けをしているのに、サビでボーカルが畳み掛ける展開になると、ストリングスで、言っちゃえば無駄に壮大な感じというか、厳かな感じを出していて、そのギャップが非常に面白いと思う。

 

この曲を聞いて「いい曲だなあ」と思う理由って、正にこのサビのストリングスアレンジがこうなってるからなのかなと言う気がしている。それくらいこの曲の中での重要な位置を占めているというかなんというか。

 

ぼくは、所謂第二次バンドブーム世代というか、この時代のROCK&POPSが非常に好きではあるけど、ユニコーンが好きだったかというと、実はそんなでもないというか、言っちゃえばちゃんと知ってる曲なんてこれしかないし、CDもコレしか持ってなかった。何故か他の曲はイマイチ響いてこなかった。

 

ただ、このバンドがすごく人気だった理由には、こうした音楽的にバラエティに飛んでいた部分だったのかなという気がしてきた。

 

最初期の頃の「Maybe Blue」なんかは、この頃とはまた違って、ビートロック寄りなPOPSって感じで、他のバンドが新宿LOFTとかJAMとかリキッドルームで「ROCKやってます!」ってかんじでやってる中、こっちは原宿のRUIDOとか渋谷のラ・ママとかでやってそうというか。(完全にぼくの勝手なイメージです。実際はどうだったかは知りません)

 

でも、それこそキーボードが女性から阿部義晴に代わって、この大迷惑辺りになる頃には、正にこういった感じのコミカルかつ、音もちょっとロック寄りになってきたりしたことから、阿部義晴の影響が結構大きいのかなあなんて勝手に想像してる。

 

KIX-S 全曲メドレー

■KIX-S 全曲メドレー■


久々に懐かし系。所謂ビーイング系で唯一好きだったアーティスト。この手のジャンルはぼくが最も毛嫌いしているジャンルの1つでもあるんだけど、実は意外にも、何故かこのアーティストだけは好きっていう。

見ての通り「女版B'z」って感じで、正にそう言われてもいたんだけど、でもそれは揶揄されたものというよりは、むしろ正統的に受け継いでいると言った趣さえあり、そもそもの話として、Gt.安宅美春がKIX-Sとしてデビューする前に「ソロギターシンガー」みたいな感じでデビューしており、その時のデビューシングルを、それこそB'zの松本孝弘が提供していたりする。

で、それが後のB'zの代表曲のうちの1つにもなる「孤独のRunaway」で、つまり元々は「安宅美春のために書き下ろされた曲」をセルフカバーした、というものなのだ。(多くの人は安宅美春がB'zの当該曲をカバーしていると思っているみたいだが、実は違うのだ)

そうした事情もそうだし、そもそもの話としてB'zというユニット自体に、当時のビーイング系とのジャンル的親和性はあったし、なんならこの時代のビーイング自体が、当時のB'zのスタイルに寄せていた、という風にも見て取れるところでもあった。

ただ、そうした中ビーイング系は主に、TUBEのギタリスト春畑道哉による提供楽曲もの(ZARDとか)と、織田哲郎による提供楽曲(WANDSとかT-BOLAN)が多かった中、彼女たちは珍しく自分たちで作詞作曲をおこなっていて、当時のビーイング系としては結構珍しかったので好感をもっていたりもした。

その中ぼくが唯一持っていた彼女たちのアルバム「VIRGINITY」が結構気に入っていて、1曲目の「愛を殺して」があまりにもかっこよすぎて、一時期ものすごくリピートしていたこともある。

この動画は全曲紹介であるため、1曲あたりがものすごく短いのが残念だが、懐かしさにかられてつい聞いてしまった。それと、完全に余談だが、このアルバムには、デビュー直前だか直後の「大黒摩季」がバックコーラスとして参加している。彼女はKIX-Sの後輩なのだ。

今度VIRGINITY買い直そうかなあ。どうせ死ぬほど安いだろうし。

 

SHOW-YA - 私は嵐

■SHOW-YA - 私は嵐 (DVD「大復活祭」より)■


ほんと、むちゃくちゃかっこいいなこの曲。

でも何が凄いって、この映像自体は再結成時(2013年くらい?)のものだけど、メンバー全員全く衰えていないってところが本当にすごいと思う。見た目的にも演奏的にも、当時(28年くらい前)のまんま。

見た目的なことで言ったら、もうこの時点でこの人達50代とかなのに、むしろ昔より色っぽいからすごい。あと、寺田恵子の髪の色とか衣装が、いい感じに今風なところもいい。

■SHOW-YA - 紅■


更にはこの、Xの紅のカバーがまたかっこよすぎる!あまりにもハマりすぎてて、元々のSHOW-YAの曲なんじゃないかという気さえしてくる。この曲の歌詞の一人称は「俺」なんだけど、全く違和感がない。

で、この動画を貼りつつ、関連を見ててびっくりしたのが↓のこの動画。
 
 

BODY - MY SELF

■BODY 「MY SELF」 (Album「FLAME」Version)■


少し前に自分の中でものすごく小規模な「第二次バンドブーム・ブーム」があって、このブログでやれ「レプリカ」だ、やれ「KATZE」だ、「ジュンスカ&ユニコーン」だと取り上げて、当時のことに思いを馳せながら昔話を語ってきたけど、このバンド「BODY」は、その第二次バンドブームもすっかり終わったあとに出てきたビートロック系バンド。

当時、D'ERLANGER解散後、その動向が注目されていた瀧川一郎が、兄弟分であるZi:KILL脱退直後の菊地哲と一緒にバンドやるってことで、どんなバンドになるかと思いきや、意外や意外のビート系だった。

こう言っちゃなんだが、この当時既にこの手のジャンルは、それこそ過去ログで取り上げたJUSTY-NASTYやらがその数年前からいたわけで、尚且つVo.の木村直樹が、いかにも「この手のジャンルのバンドとして星の数ほどいそうなボーカリスト」だったりで、何故、瀧川一郎はコレをやろうと思ったのか、というところに正直疑問と戸惑いを感じた人も多いのではないか。

でも、ロクfだかGiGSだかバンやろだかで確か読んだような気がするんだけど、瀧川一郎はD'ERLANGER解散後に何やら、BOØWYをルーツとしたビートロックに興味関心を示していたということで「瀧川的ビートロック」みたいなものを模索していて、これが後のCRAZEに繋がると考えると、幾分納得の出来るところだなあとは思う。

それにビートロックと言っても、改めてよくよく聞いてみると、この当時のビートロックとしては珍しく、ギターはかなりドンシャリサウンドでジャキジャキに歪ませてるし、菊地哲のドラムもD'ERLANGERの頃と変わらず非常にパワフルで、実は2人の音の作り方それ自体は、寧ろD'ERLANGERの頃よりも攻撃的とさえ言える部分も感じる。

で、かくいうぼく自体がこうしたアプローチに非常に影響を受けたりもしていて、このアルバムを聞いてから3年後くらいに始めたバンドで作ってたオリジナル曲は、もう正にこんな感じの曲ばっかり作ってた。特に菊池哲のズパンズパンいう音作りが凄い好き。菊地哲ってチャイナシンバルの使い方が非常に上手い気がする。

曲とか音の作り方とかスピード感とか、なんか色々ひっくるめて当時の厨二感をものすごく擽るかっこいい曲だと思う。今聞いてもカッコいい。ぼくはBODYの中ではこの曲が一番好きだ。ぶっちゃけ今でもたまに聞くし。
 
 

そこらのつっぱりとは違う!時代を先取りするBOØWY!!MORAL全曲ライブ!!

■そこらのつっぱりとは違う!時代を先取りするBOØWY!!MORAL全曲ライブ!!BOOWY■


ぼくとしたことが、第二次バンドブームについて話題にする上で絶対に欠くことのできないバンドを紹介するのをすっかり忘れていました。皆さんご存知BOØWYです。

彼らの最初のアルバムである「MORAL」の再現LIVEってことで曲順通りを全曲+SEX PISTOLSのカバー3曲という贅沢なLIVE。動画説明欄によると「1982年」とのことで、サムネ画像でも6人編成であることから、バンド名表記は「BOØWY」の前の「暴威」の頃かもしれませんね。(それかBOØWYへの変更直後か)

それにしても、音源自体がレアなのは言うまでもないけど、このサムネ画像何よwある意味こっちのほうがレアだわ。1982年なので、逆算すると氷室が恐らくこの当時で「21歳」とかで布袋に至っては「19歳」とかそんなもん。未成年!どうりでこの布袋がどうも童貞臭いわけだwてゆーか、僕の友達に似ている。

このサムネ画像で氷室の向かって右隣にいるのが、恐らく「深沢和明」で、BOØWYの名曲「NO. NEW YORK」を作詞した人です。にしてもこの人悪そうな顔してんなあw中学の時、こーゆー顔した悪い先輩いたなあ。

※170411追記:↑どうやら違うっぽい。氷室の右隣はサイドギターの「諸星アツシ」の方っぽい。一番左端の小栗旬的な雰囲気を醸し出している人が深沢さんっぽい。

でもだからといって「そこらのつっぱりとは違う!」ってキャッチコピーはどうよwてっきり動画の釣り用タイトルとして、UP主が勝手にそう言ってるだけかと思ったら、元ネタだったっていうまさかのオチw

曲はまだ全て聞けてないので、これからゆっくり聞こうと思う。
 
 

KATZE - HOLD ME~Some Day~STAY FREE

■KATZE /HOLD ME~Some Day~STAY FREE■


つい先日、89年の映像と、その少し前にも88年デビューのバンド「レプリカ」について紹介したことで、この時代(第二次バンドブームの頃)の音楽について書くのが楽しくなっちゃって、ついに音楽系に新しくカテゴリを作ったった。その名も「懐かし系」。そのまんまですね。

レプリカについて書いた時に最後の方で少しだけ引き合いに出したのだけど、レプリカとこのバンドってすごくよく似ている気がする。立ち位置というか境遇というか、セールスとは無縁のところにいたところとか。

要するにこのバンドもレプリカも、一言で言うと「出て来るタイミングの悪かったバンド」としか言いようがない。で、どちらにも共通しているのが、演奏技術もソングライティングセンスも極めて高いというところ。そしてそんな素晴らしいものを持っていながら「なぜか売れていない・知られていない」というところも含めて全部似ている。

あ、因みにバンド名は「KATZE(かっつぇ)」と読み、ドイツ語で「猫」という意味だそうです。

とは言え、レプリカの場合はどうか知らないけど、KATZEの場合に至っては、コマーシャリズムというか商業ベースというか、もっと露骨な言い方をすれば「売れ線」みたいな部分にものすごく反発していたみたいで、売れていなかったのは「敢えて」という方が正しいとされている。

しかし、彼らの音楽性を鑑みると、この表現の仕方に嫌悪感を示す人もいるかもしれないが、どう考えても「ポストBOØWY」、もっと言っちゃえば「BOØWYの二番煎じ」という感はどうしても否めず、既に解散していたバンドで、所謂ビートロック路線が緩やかに終わろうとし始めていた頃に出てきただけに「もう少し早く出てきていれば感」は否めなかったのではなかろうか。

とは言え、地元山口県は下関市では、アマチュアの頃の時点で既に彼らのコピーバンドが存在していたというのだから、その人気は計り知れない。

あと、何気にビートロック系のバンドでありながら「玄人好みのバンド」でもあり、それこそBOØWYの高橋まことにもその実力を認められたりもしているし、何より、数年前の布袋寅泰のLIVEに、Vo.の中村敦がコーラスで参加している映像を見た時は感動さえ覚えた。

で、この映像なんだけど、何年かは定かではないけど、恐らく「89〜91」の間であることは間違いない(解散が91年で、1曲目が89年発売のアルバム「STAY FREE」収録曲であることから)。そして会場は恐らく、ステージのへりの感じや2階席の感じからして恐らく「渋公」こと「渋谷公会堂」と思われる。

楽曲については、もうKATZEの鉄板曲が3曲揃い踏みといったところ。ぼくはこの中でも特にSOME DAYが好きだ。特にこの曲はギターソロが秀逸で、どこかこう「Canon Rock」的クラシカルなスケールを感じるなと思っていたら、どうやら実際そうしたクラシカルな要素を参考にしながら作ったんだそうな。

この動画だと若干演奏が粗い部分はあるんだけど、ラストライブのCDで聞ける曲のアウトロの部分のフレーズの構築の仕方も実は非常によく練られていて、実にきれいな形でまとまっており、しかもバンド自体の演奏が上手いから完璧な着地の仕方を見せるところとかがたまらない。

あと、面白いのは、続く「STAY FREE」なんかが特にそうなんだけど、YouTube上で確認できる同曲の映像を見比べるとわかるんだけど、ボーカルもギターも毎回毎回演奏の度にフレーズとかフェイクの入れ方とかが変わっているのが凄い。同じ演奏を一切やらない。

それでこのクオリティなのだから、最早ぐうの音も出ない。
 
 

UNICORN&JUN SKY WALKER(S) - 雨上がりの夜空に〜My Sharona



懐かしい!不意にこの映像のことを思い出して探してみたらあった!

この映像は1989年のクリスマスイブにNHKでOAされた「POPS & ROCK SPECIAL LIVE '89」という番組のもの。(後にPOP JAMがこの番組を引き継いでいく)

折しも第2次バンドブーム真っ只中だったこともあり、番組に出ていたラインナップが非常にストリート的と言うか、正に原宿ホコ天系のバンドメインだった。

その中に「岡村靖幸」や「松岡英明」や「大江千里」、或いは「永井真理子」や「渡辺美里」といった当時のCBSソニー系のソロアーティストが混じっていたり、ガールズロックの2TOPであるプリプリこと「PRINCESS PRINCESS」や「SHOW-YA」もいた。

で、この映像についてはそうした、当時のバンドブームを正に牽引していた代表格である「JUN SKY WALKER(S)」と「UNICORN」がジョイントで曲を演奏するという、当時のバンドブームを知るおっさん・おばはん世代にとっては垂涎モノの堪らない映像。

曲は1曲目が、今は亡き忌野清志郎のバンドRCサクセションの名曲「雨上がりの夜空に」、2曲目は「ビートルズの2代目」と言われこの曲で華々しくデビューするも、その後にヒットが出せずに早々と消えていった「世界一有名な一発屋」こと「The Knack」の「マイ・シャローナ」。

ぼくは当時この番組でこれらの曲を知ったし、そういう人はきっと多いと思う。何しろ、Wikipediaのマイ・シャローナの項目に、正にこの時の映像のことが書かれているくらいだ。

曲についてだが、まず「雨上がりの夜空に」を歌うジュンスカ宮田和弥が、あまりにもハマりすぎ。片やUNICORNの奥田民生も、当初はそれこそ「MAYBE BLUE」なんて曲でビートロックっぽいこと演ってたけど、丁度このあたり(シングル「大迷惑」リリース後、アルバムで言うと「服部」あたり)から、ややコミカルな路線に入りはじめていたこともあり、清志郎のアンニュイな感じが非常にマッチしている。

ジュンスカとUNICORNという、お互いに毛色が全く違うバンドのはずなのに「2バンドともここがルーツだったんじゃないか」と思わせるくらい、様になっていたのが印象的だった。

で、その後に続く「マイ・シャローナ」も同様で、雨上がりの夜空にがジュンスカ寄りの曲だとするとこっちの方はUNICORN寄りとも言える。

この曲ではUNICORNのキーボード「阿部義晴」がメインボーカルを取っているが、彼もまた非常に歌が上手い。奥田民生が歌っても多分いい感じの雰囲気は出せてたと思うが、阿部義晴のハマりっぷりも凄い。

で、この動画のコメント欄で気付かされたのだけど、マイ・シャローナの時の阿部の衣装が「ルパン三世」で、隣で仁王立ちしているジュンスカのベース「寺岡呼人」が「銭形のとっつぁん」という対比になっている。全然気づかなかった。

てか、この番組もっかいフルでみたい。
 

 

REPLICA - SO MANY TIMES

■レプリカ SO MANY TIMES REPLICA■


ふいに思い出して聞きたくなる。このバンド「REPLICA」とはそうしたバンドだと思う。

1988年にメジャーデビューしたバンド。しかしこのバンドはつくづく「出て来るタイミングの悪いバンドだった」と言わざるをえないくらい、時代に恵まれなかったバンドではないだろうか。

1988年というと正に「第二次バンドブーム」のピークの頃で、その年の女性ボーカルのバンドだと既に「REBECCA(レベッカ)」や「PERSONZ(パーソンズ)」がメジャーシーンの中における、正にバンドブームの代表的存在として君臨していた。

そんな中でのREPLICAの音楽性や、Vo.NAOCOの声や歌い方は、正に先人の二番煎じ感が強く印象として残ってしまうものとなっており、更に輪をかけてバンド名がコレ以上無いくらいのアイロニーとなってしまっていたためか、大きなヒットに結びつくこと無く「知る人ぞ知る存在」として消えてしまったのがなんとも残念でならない。

確かに声質はPERSONZのJILLに近く、あの太い声に加えREBECCAのNOKKOのようなキュートさも併せ持ちながらも基礎はしっかりしていて、ヴォーカリストとしては非常にスキルが高かったし、それを支える楽器隊のソングライティングセンスも非常に高かった。この動画の「SO MANY TIMES」を聞いてもらえれば、そのあたりはよくお分かりいただけると思う。

とりわけキーボードの方がすごくいい仕事してらっしゃる!確かこのバンドはベースの方とキーボードの方が主に曲を書いていたと思うのだけど、キーボードがあるバンドでいいバンドの場合、キーボードの人がすごくいい仕事をしていたりメインで曲を書いていることが多い。(Janne Da Arcとか)

キーボードのアプローチにおいて「在るべくして在る音」がそこにあって、決してお飾りなどではなく、まして取ってつけたような音にはなってない。こーゆー曲を作ったり音を出せたりするバンドって、実は中々いない。

なだけに、本当にもったいない。出てくる時代が完全に悪かったとしか言いようがない。タラレバの話をしても詮無いことなのは百も承知だけど、REBECCAもしくはPERSONZのどちらかがいなかったら、そのポストには間違いなくこのバンドがいただろうし、或いはもっと後になってジュディマリの時代にジュディマリがいなくてもやはり同じだったと思う。

これ、同じことが「KATZE(カッツェ)」というバンドにも言える。まあ、何にせよ聞いてみて欲しい。本当にいいバンドだから。


 

 

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