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「4月21日」は音楽CDリリースラッシュな日。その2:1991〜1994

●1991年

 

LUNA SEA - LUNA SEA(Extasy Record)

※1991年4月21日リリース

(リンク先では「1995/01/01」となってますがこれはおそらく再発盤)

 

27年前のリリース。メンバーが1970年と1969年生まれなので、各人が21〜22歳のときの音源。

 

ちなみにバンド結成自体はXがメジャーデビューした1989年で、そのXのYOSHIKIが興したレーベル「Extasy Record」よりリリースしている。

 

若さゆえの滾るような情熱と衝動のみによって造られているアルバム。でもその中に「静寂」や「知性」などが垣間見えるあたり、いまのLUNA SEAを形成している要素も、この時には既にちゃん出来上がっており、原点にして集大成とも言えるアルバムに仕上がっている。

 

これも単独でレビューを書きたいので、これ以上はやめておこう。

 

●1992年(該当なし)

 

1992年については、どういう訳かいくら調べてもCDリリースされている形跡が一切見当たらなかった。恐らく土日だったのでしょうね。

 

※昔はCDは基本「水曜日発売(火曜日フラゲ可)」なのです。最近世界中で「金曜日」に統一されたらしいですけど、詳しいことは知りません。

 

なぜ、水曜日発売かというと「オリコン集計のタイミングとの兼ね合い」だそうです。

 

※月曜発売にしちゃうと、土日は配送がされず「金曜入荷」となり「土日フラゲ」が可能になるが、これだとオリコンの集計が「日曜から月曜日まで」なので、ランキング反映に不利になるという理由から、最も支障の出にくい「水曜日」に統一されたみたいです。

 

 

●1993年

 

で、明けて1993年がこちら。

 

LUNA SEA - EDEN

※1993年4月21日リリース

 

またしてもLUNA SEA。インディーズから2年後、メジャー2ndです。

 

このアルバムは前作・前前作と比べるとめちゃくちゃPOPな仕上がりになっていて、歌詞カード内のメンバーの写真についても、全員が白い衣装を身にまとっていたりして、音的にもビジュアル的にも「それまで構築してきたLUNA SEA像を破壊する」という新たな試みをしているのが大きな特徴。

 

そしてメジャー2ndのタイミングにしてようやく1stシングルとなる「BELIEVE」を先行シングルとしてリリースしてます。因みにこのアルバムの他のシングル曲だと「IN MY DREAM(with shiver)」がある。

 

他のアーティストの同日リリースだと、ZARDの「君がいない」なんかがあるけど、それ以外は特に目立った楽曲はないので、割愛。

 

 

●1994年

 

TMN - Nights of The knife

※1994年4月21日リリース

 

Amazonでいくら検索しても、なかなか当時のシングルがHITしないなと思ったら、当時はTM NETWORKではなく「TMN」だったことをすっかり忘れていた。たしかこれはTMNとしてのラストシングルだったと思う。で、この後、05/18と05/19の2日間に渡って、東京ドームで2daysのLIVEをおこなっている。

 

でもこの解散からわずか5年後に活動再開して、その後、小室哲哉の逮捕とかなんやかんやありつつも12年活動して、2015年に再び活動休止って流れだったみたいですね。

 

ぼくはぶっちゃけ再結成後については全く興味がなかったので、全然追ってないのだけど、やはりTMは「80年代」という時代に非常にマッチしていた音楽グループなんだと思う。

 

TM NETWORKについても今度じっくり語りたい。

 

ということで、キリが無くなるので、この辺で終わらせます。でもこの「×年前の今日リリースされたCD」っていうのについて語るの面白いので、シリーズ化したいなとは思ってる。

 

 

 

 

 

「4月21日」は音楽CDリリースラッシュな日。その1:1989〜1990

今でもそうなのかは知らないけど、昔は「4月21日」っておそらく1年で一番CDリリースが多い日なんじゃないかって、個人的に思ってた。

 

実際、この日に僕の好きなバンドたちがいろんなタイトルをリリースしているので、実際に時系列を追いながら紹介したい。

 

X(X JAPAN) - BLUE BLOOD(ALBUM)

※1989年4月21日リリース

 

このアルバムについては、何度か言及したこともあると思うので、詳細については割愛。てゆーかそれとは別に、今度ちゃんとしたレビューを単独記事で書きたい。

 

 

X(X JAPAN) - WEEK END(SINGLE):c/w ENDLESS RAIN(LIVE)

※1990年4月21日リリース

 

先述したメジャー1stであるBLUE BLOODからのシングルカットで、新録。でも個人的にはWEEK ENDはブルブラ版のほうが好き。ギターソロがかっこいいんだ。音は新録のほうが断然いい音だけども。

 

で、確かこのシングルは3rdだったと思うんだけど、2ndシングルが「ENDLESS RAIN」なのに、このシングルのカップリングが「ENDLESS RAIN(LIVE)」て。いや、ライブバージョンならいいかじゃねーぞって話。

 

でも2ndであるENDLESS RAINのカップリングである「X(LIVE)」は死ぬほどカッコいい。OPでのYOSHIKIによるジャングルビートから徐々に煽っていく感じが最高。

 

ちなみにWEEK ENDがリリースされたその日、全く同じ日に、PRINCESS PRINCESSが「OH YEAH!」っていうシングルを出してたのが何故か強く印象に残ってる。当時つるんでた友人がプリプリ大好きだったので。

 

PRINCESS PRINCESS - OH YEAH!(Single):c/w パパ

※1990年4月21日リリース

 

シングル「ダイアモンド」のリリース以降、順調にヒットと観客動員数を伸ばし続けているプリプリの、軽快なロックンロールナンバー。当時の第二次バンドブームと相まって、兎に角留まることを知らなかった、一番イケイケドンドンだった頃ではないかと思う。

 

で、その「ダイアモンド」がいつリリースされたかって言うと、これまた奇しくも前年の「4月21日」なんですねー。

 

PRINCESS PRINCESS - ダイアモンド(SINGLE):c/w M

※1989年4月21日リリース(XのBLUE BLOODと同日)

 

言わずとしれたプリプリの代表曲。彼女たちを一気にスターダムへと押し上げるきっかけとなった曲。で、このカップリングの「M」も同様に名曲として語り継がれ、色んな人の手によってカバーされている、いわゆる「ハチロク・ロッカ・バラード」の名曲。

 

ま、Xもプリプリも同じレコード会社(ソニー・ミュージック)ってこともあるんだけど、でもCDのリリースって実はあんまりそのへん関係なくて、どのレコード会社も、基本的には同じ日にリリースするのが通例だったりする。

 

まだちょっとしか書いてなくて、書きたいことの半分も書いてないのに、なんかちょっと長くなってきちゃったので、一旦ここで区切ります。第2弾を必ず書く!

 

DIE IN CRIES - VISAGE

 

2日過ぎちゃったけど、26年前の3月11日は、DIE IN CRIESのメジャー1stアルバム「VISAGE」がリリースされた日だそうで。26年ですか。そんな前だったのか。普通にほぼリアルタイムで聞いてたと思うと、時の流れってほんとに恐ろしいなとつくづく。

 

アルバム丸々1枚は流石に上がってなかったので、1曲ずつかき集めてプレイリスト作ろうとしたんだけど、どうしても見つからないやつが幾つかあって、不完全な出来になってしまった。あと、このバンドを語る上で絶対に外せない曲も1曲あったので、このアルバムには収録されていないけど、それも入れた。

 

いやそれにしても、いまこのバンドを知っている人って果たしてどれくらい居るんだろうか。V系好きを自負する人でも、若い世代になっちゃうと中々コレを知ってるって人は少ないんじゃないかという気がする。メンバーは以下の4人。

 

・Vo. KYO(現・D'ERLANGER、元・横須賀SAVER TIGER)

・Gt. 室姫深(元・THE MAD CAPSULE MARKET'S、元・BLOODY IMITATION SOCIETY ※「児島実」名義)

・Bs. TAKASHI

・Dr. YUKIHIRO(現・L'Arc-en-Ciel、元・Zi:kill)

 

 

D'ERLANGER解散後、その動向が注目されていたVo. KYOさんですが、このアルバムの前に、コンセプトアルバムである「Nothingness to Revolution」というものを経てこのアルバムをリリースするわけなんだけど、いろいろな事情から、このアルバムは上記メンバーによるレコーディングではないみたいで、特に終盤に収録されている「INSTEAD OF KISS」とかを後追いで聞くと大分違和感を感じる。(故にプレイリストの方はライブバージョンにした)

 

とは言え、ニューウェーブをルーツに持つKYOが、D'ERLANGERを経て得た知見と世界観を融合させて、室姫深とYUKIHIROが上手いこと拡げたと言えるアルバムじゃないかと思う。

 

特に1曲目、血の滴る冷たい洞窟を思わせる「Die of Cold(Instrumental)」からそのまま「FUNERAL PROCESSION」へと雪崩込み、更にそこから「RAPTURE THING」と続いていく流れが兎に角かっこよすぎる。

 

で、そこから雰囲気が変わって、パーカッションによるエキゾチックなイントロの「硝子の肖像」だったり「仮面の下の表情<カオ>」といった、D'ERLANGERでは見ることの出来なかった、言わば「ディープ&ダークな世界観」が特徴的。

 

もちろんD'ERLANGERにもこうした要素はあったのだけど、やはりドラムの菊地哲とYUKIHIROでは、対極的とも言えるくらい異なるビートを叩くので、同じ様な路線であったとしても新鮮味を感じる。

 

D'ERLANGERの攻撃性を例えるなら、ナイフや苦無でのような刃物をブン回してくるのに対し、DICの方は死神の鎌で音もなく斬られる感じとでもいおうか。

 

いずれにせよ、その後のディープ&ダークなV系バンドに間違いなく影響を与えた隠れた名盤であることは間違いない。

 

な、だけにこのバンドがこのアルバムも含めて全く売れなかったことが不思議でしょうがない。

 

 

 

黒夢 - 迷える百合達〜Romance of Scarlet〜

■黒夢 - 迷える百合達〜Romance of Scarlet〜■

 

24年前(1994年)の3月9日にリリースされた、黒夢のメジャー1stアルバム。24年ってすげーな。

 

黒夢は、特別好きなバンドというわけではなかったけど、初めて見た時のインパクトはそれなりに大きかった気がするし、実際、黒夢がその後のシーンに与えた影響はかなり大きい。間違いなく「黒夢以前、黒夢以降」という分け方ができると思う。

 

まず、ぼくの記憶が間違っていなければ、所謂「ヴィジュアル系」という言葉が生まれ始めたのは、ぼくは「黒夢キッカケ」なのではないかとさえ思っている。

 

よくV系の起源を「X JAPAN」って言う人達がいるけど、確かに「起源」ってことで言えばそうなんだが、それはあくまで概念的な話であって、黒夢前のバンド達(特に80年代後半の第二次バンドブーム近辺の化粧をしたバンド)に対してこの言葉が使われることはまだなかったし、まかり間違っても自分たちがそのように言うこともなかったのは間違いない。

 

では何故、Xが起源と言われるかというと、髪型・衣装・メイク全て音楽と連動させた上で「バンドコンセプトの1つ」ひいては「音楽の一部」としてヴィジュアル面を強く押し出して、バンドのキャッチコピーに「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」という文言を入れたことからそう言われている。※因みにその文言を考えたのは今は亡き「HIDE」。

 

つまり、それ以降のバンドにおいて、同様に「コンセプトを明確にしたヴィジュアルを持つバンド」に対して、Xという既成概念に重ねるようにして、音楽ライターやファンたちが「ヴィジュアル系」と括り始めたのである。※それ以前は「お化粧系」と言っていた。

 

そしてその最初期の先頭に居たのが「黒夢」ではないかと、ぼくは思っている。という話だ。すげー前置き長くなったけども。

 

で、黒夢がどう影響を与えたかって言うと、まず当時「漢字表記のバンド」って殆ど居なかったのだけど、黒夢以降、すごく増えた。あとはバンド名のみならず、各プレイヤーのステージネームの表記も「Vo.清春(キヨハル)、Bs.人時(ヒトキ)、Gt.臣(シン)」と、全員が漢字表記だった。

 

あと、「生きていた中絶児」やら「自閉症」やら、アルバムタイトルや曲名なんかもバンドの世界観にあわせてか、グロテスクかつ地下廃墟病棟的な血腥いアングラ感に満ち満ちていて、その後の「DIR EN GREY」らに多大な影響を与えているのは、広く知られている話だ。

 

しかしこのバンドの何がすごいって、それだけの強いこだわりを持っていながら、それをあっさり捨てたところだと思う。

 

メジャーデビューして、Gt.臣が脱退して徐々にポップにしながらJ-POPを痛烈に皮肉って、その後大胆なまでのパンク路線にシフトチェンジしてるってのが凄いと思った。

 

当時、このバンドがこんなにカリスマ性を持ったバンドになるだなんて、全く思ってなかった。好みが分かれるとは思うけど、凄いバンドだとは思う。

 

 

 

UNICORN - 大迷惑

■ユニコーン 『大迷惑』

 

5ヶ月ぶりの懐ロック。

 

日常生活の中で、ふと頭をよぎる曲ってあるじゃないですか。で、それが「今日の曲」みたいになって一日中ぐるぐる回り続けるみたいな。そんなここ数日のぼくの頭の中の曲、言わば「脳窓ソング」がコレ。

 

で、オリジナルを無性に聞きたくなって久々にこの動画を見たんだけど、奥田民生若えなwそしてドラムの川西は相変わらずロバートの秋山に似ている。

 

この曲は、キーボードがすごくいい仕事をしている曲だなあと思う。AメロBメロでコミカルな味付けをしているのに、サビでボーカルが畳み掛ける展開になると、ストリングスで、言っちゃえば無駄に壮大な感じというか、厳かな感じを出していて、そのギャップが非常に面白いと思う。

 

この曲を聞いて「いい曲だなあ」と思う理由って、正にこのサビのストリングスアレンジがこうなってるからなのかなと言う気がしている。それくらいこの曲の中での重要な位置を占めているというかなんというか。

 

ぼくは、所謂第二次バンドブーム世代というか、この時代のROCK&POPSが非常に好きではあるけど、ユニコーンが好きだったかというと、実はそんなでもないというか、言っちゃえばちゃんと知ってる曲なんてこれしかないし、CDもコレしか持ってなかった。何故か他の曲はイマイチ響いてこなかった。

 

ただ、このバンドがすごく人気だった理由には、こうした音楽的にバラエティに飛んでいた部分だったのかなという気がしてきた。

 

最初期の頃の「Maybe Blue」なんかは、この頃とはまた違って、ビートロック寄りなPOPSって感じで、他のバンドが新宿LOFTとかJAMとかリキッドルームで「ROCKやってます!」ってかんじでやってる中、こっちは原宿のRUIDOとか渋谷のラ・ママとかでやってそうというか。(完全にぼくの勝手なイメージです。実際はどうだったかは知りません)

 

でも、それこそキーボードが女性から阿部義晴に代わって、この大迷惑辺りになる頃には、正にこういった感じのコミカルかつ、音もちょっとロック寄りになってきたりしたことから、阿部義晴の影響が結構大きいのかなあなんて勝手に想像してる。

 

KIX-S 全曲メドレー

■KIX-S 全曲メドレー■


久々に懐かし系。所謂ビーイング系で唯一好きだったアーティスト。この手のジャンルはぼくが最も毛嫌いしているジャンルの1つでもあるんだけど、実は意外にも、何故かこのアーティストだけは好きっていう。

見ての通り「女版B'z」って感じで、正にそう言われてもいたんだけど、でもそれは揶揄されたものというよりは、むしろ正統的に受け継いでいると言った趣さえあり、そもそもの話として、Gt.安宅美春がKIX-Sとしてデビューする前に「ソロギターシンガー」みたいな感じでデビューしており、その時のデビューシングルを、それこそB'zの松本孝弘が提供していたりする。

で、それが後のB'zの代表曲のうちの1つにもなる「孤独のRunaway」で、つまり元々は「安宅美春のために書き下ろされた曲」をセルフカバーした、というものなのだ。(多くの人は安宅美春がB'zの当該曲をカバーしていると思っているみたいだが、実は違うのだ)

そうした事情もそうだし、そもそもの話としてB'zというユニット自体に、当時のビーイング系とのジャンル的親和性はあったし、なんならこの時代のビーイング自体が、当時のB'zのスタイルに寄せていた、という風にも見て取れるところでもあった。

ただ、そうした中ビーイング系は主に、TUBEのギタリスト春畑道哉による提供楽曲もの(ZARDとか)と、織田哲郎による提供楽曲(WANDSとかT-BOLAN)が多かった中、彼女たちは珍しく自分たちで作詞作曲をおこなっていて、当時のビーイング系としては結構珍しかったので好感をもっていたりもした。

その中ぼくが唯一持っていた彼女たちのアルバム「VIRGINITY」が結構気に入っていて、1曲目の「愛を殺して」があまりにもかっこよすぎて、一時期ものすごくリピートしていたこともある。

この動画は全曲紹介であるため、1曲あたりがものすごく短いのが残念だが、懐かしさにかられてつい聞いてしまった。それと、完全に余談だが、このアルバムには、デビュー直前だか直後の「大黒摩季」がバックコーラスとして参加している。彼女はKIX-Sの後輩なのだ。

今度VIRGINITY買い直そうかなあ。どうせ死ぬほど安いだろうし。

 

SHOW-YA - 私は嵐

■SHOW-YA - 私は嵐 (DVD「大復活祭」より)■


ほんと、むちゃくちゃかっこいいなこの曲。

でも何が凄いって、この映像自体は再結成時(2013年くらい?)のものだけど、メンバー全員全く衰えていないってところが本当にすごいと思う。見た目的にも演奏的にも、当時(28年くらい前)のまんま。

見た目的なことで言ったら、もうこの時点でこの人達50代とかなのに、むしろ昔より色っぽいからすごい。あと、寺田恵子の髪の色とか衣装が、いい感じに今風なところもいい。

■SHOW-YA - 紅■


更にはこの、Xの紅のカバーがまたかっこよすぎる!あまりにもハマりすぎてて、元々のSHOW-YAの曲なんじゃないかという気さえしてくる。この曲の歌詞の一人称は「俺」なんだけど、全く違和感がない。

で、この動画を貼りつつ、関連を見ててびっくりしたのが↓のこの動画。
 
 

BODY - MY SELF

■BODY 「MY SELF」 (Album「FLAME」Version)■


少し前に自分の中でものすごく小規模な「第二次バンドブーム・ブーム」があって、このブログでやれ「レプリカ」だ、やれ「KATZE」だ、「ジュンスカ&ユニコーン」だと取り上げて、当時のことに思いを馳せながら昔話を語ってきたけど、このバンド「BODY」は、その第二次バンドブームもすっかり終わったあとに出てきたビートロック系バンド。

当時、D'ERLANGER解散後、その動向が注目されていた瀧川一郎が、兄弟分であるZi:KILL脱退直後の菊地哲と一緒にバンドやるってことで、どんなバンドになるかと思いきや、意外や意外のビート系だった。

こう言っちゃなんだが、この当時既にこの手のジャンルは、それこそ過去ログで取り上げたJUSTY-NASTYやらがその数年前からいたわけで、尚且つVo.の木村直樹が、いかにも「この手のジャンルのバンドとして星の数ほどいそうなボーカリスト」だったりで、何故、瀧川一郎はコレをやろうと思ったのか、というところに正直疑問と戸惑いを感じた人も多いのではないか。

でも、ロクfだかGiGSだかバンやろだかで確か読んだような気がするんだけど、瀧川一郎はD'ERLANGER解散後に何やら、BOØWYをルーツとしたビートロックに興味関心を示していたということで「瀧川的ビートロック」みたいなものを模索していて、これが後のCRAZEに繋がると考えると、幾分納得の出来るところだなあとは思う。

それにビートロックと言っても、改めてよくよく聞いてみると、この当時のビートロックとしては珍しく、ギターはかなりドンシャリサウンドでジャキジャキに歪ませてるし、菊地哲のドラムもD'ERLANGERの頃と変わらず非常にパワフルで、実は2人の音の作り方それ自体は、寧ろD'ERLANGERの頃よりも攻撃的とさえ言える部分も感じる。

で、かくいうぼく自体がこうしたアプローチに非常に影響を受けたりもしていて、このアルバムを聞いてから3年後くらいに始めたバンドで作ってたオリジナル曲は、もう正にこんな感じの曲ばっかり作ってた。特に菊池哲のズパンズパンいう音作りが凄い好き。菊地哲ってチャイナシンバルの使い方が非常に上手い気がする。

曲とか音の作り方とかスピード感とか、なんか色々ひっくるめて当時の厨二感をものすごく擽るかっこいい曲だと思う。今聞いてもカッコいい。ぼくはBODYの中ではこの曲が一番好きだ。ぶっちゃけ今でもたまに聞くし。
 
 

そこらのつっぱりとは違う!時代を先取りするBOØWY!!MORAL全曲ライブ!!

■そこらのつっぱりとは違う!時代を先取りするBOØWY!!MORAL全曲ライブ!!BOOWY■


ぼくとしたことが、第二次バンドブームについて話題にする上で絶対に欠くことのできないバンドを紹介するのをすっかり忘れていました。皆さんご存知BOØWYです。

彼らの最初のアルバムである「MORAL」の再現LIVEってことで曲順通りを全曲+SEX PISTOLSのカバー3曲という贅沢なLIVE。動画説明欄によると「1982年」とのことで、サムネ画像でも6人編成であることから、バンド名表記は「BOØWY」の前の「暴威」の頃かもしれませんね。(それかBOØWYへの変更直後か)

それにしても、音源自体がレアなのは言うまでもないけど、このサムネ画像何よwある意味こっちのほうがレアだわ。1982年なので、逆算すると氷室が恐らくこの当時で「21歳」とかで布袋に至っては「19歳」とかそんなもん。未成年!どうりでこの布袋がどうも童貞臭いわけだwてゆーか、僕の友達に似ている。

このサムネ画像で氷室の向かって右隣にいるのが、恐らく「深沢和明」で、BOØWYの名曲「NO. NEW YORK」を作詞した人です。にしてもこの人悪そうな顔してんなあw中学の時、こーゆー顔した悪い先輩いたなあ。

※170411追記:↑どうやら違うっぽい。氷室の右隣はサイドギターの「諸星アツシ」の方っぽい。一番左端の小栗旬的な雰囲気を醸し出している人が深沢さんっぽい。

でもだからといって「そこらのつっぱりとは違う!」ってキャッチコピーはどうよwてっきり動画の釣り用タイトルとして、UP主が勝手にそう言ってるだけかと思ったら、元ネタだったっていうまさかのオチw

曲はまだ全て聞けてないので、これからゆっくり聞こうと思う。
 
 

KATZE - HOLD ME~Some Day~STAY FREE

■KATZE /HOLD ME~Some Day~STAY FREE■


つい先日、89年の映像と、その少し前にも88年デビューのバンド「レプリカ」について紹介したことで、この時代(第二次バンドブームの頃)の音楽について書くのが楽しくなっちゃって、ついに音楽系に新しくカテゴリを作ったった。その名も「懐かし系」。そのまんまですね。

レプリカについて書いた時に最後の方で少しだけ引き合いに出したのだけど、レプリカとこのバンドってすごくよく似ている気がする。立ち位置というか境遇というか、セールスとは無縁のところにいたところとか。

要するにこのバンドもレプリカも、一言で言うと「出て来るタイミングの悪かったバンド」としか言いようがない。で、どちらにも共通しているのが、演奏技術もソングライティングセンスも極めて高いというところ。そしてそんな素晴らしいものを持っていながら「なぜか売れていない・知られていない」というところも含めて全部似ている。

あ、因みにバンド名は「KATZE(かっつぇ)」と読み、ドイツ語で「猫」という意味だそうです。

とは言え、レプリカの場合はどうか知らないけど、KATZEの場合に至っては、コマーシャリズムというか商業ベースというか、もっと露骨な言い方をすれば「売れ線」みたいな部分にものすごく反発していたみたいで、売れていなかったのは「敢えて」という方が正しいとされている。

しかし、彼らの音楽性を鑑みると、この表現の仕方に嫌悪感を示す人もいるかもしれないが、どう考えても「ポストBOØWY」、もっと言っちゃえば「BOØWYの二番煎じ」という感はどうしても否めず、既に解散していたバンドで、所謂ビートロック路線が緩やかに終わろうとし始めていた頃に出てきただけに「もう少し早く出てきていれば感」は否めなかったのではなかろうか。

とは言え、地元山口県は下関市では、アマチュアの頃の時点で既に彼らのコピーバンドが存在していたというのだから、その人気は計り知れない。

あと、何気にビートロック系のバンドでありながら「玄人好みのバンド」でもあり、それこそBOØWYの高橋まことにもその実力を認められたりもしているし、何より、数年前の布袋寅泰のLIVEに、Vo.の中村敦がコーラスで参加している映像を見た時は感動さえ覚えた。

で、この映像なんだけど、何年かは定かではないけど、恐らく「89〜91」の間であることは間違いない(解散が91年で、1曲目が89年発売のアルバム「STAY FREE」収録曲であることから)。そして会場は恐らく、ステージのへりの感じや2階席の感じからして恐らく「渋公」こと「渋谷公会堂」と思われる。

楽曲については、もうKATZEの鉄板曲が3曲揃い踏みといったところ。ぼくはこの中でも特にSOME DAYが好きだ。特にこの曲はギターソロが秀逸で、どこかこう「Canon Rock」的クラシカルなスケールを感じるなと思っていたら、どうやら実際そうしたクラシカルな要素を参考にしながら作ったんだそうな。

この動画だと若干演奏が粗い部分はあるんだけど、ラストライブのCDで聞ける曲のアウトロの部分のフレーズの構築の仕方も実は非常によく練られていて、実にきれいな形でまとまっており、しかもバンド自体の演奏が上手いから完璧な着地の仕方を見せるところとかがたまらない。

あと、面白いのは、続く「STAY FREE」なんかが特にそうなんだけど、YouTube上で確認できる同曲の映像を見比べるとわかるんだけど、ボーカルもギターも毎回毎回演奏の度にフレーズとかフェイクの入れ方とかが変わっているのが凄い。同じ演奏を一切やらない。

それでこのクオリティなのだから、最早ぐうの音も出ない。
 
 

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